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イケメンすぎる親友に愛されすぎてるわけないよな!? いや、俺は愛してるよ。

よろしくお願いします。

 早朝。

 まだ空も白みきらないうちに屋敷を出たのは、立派な二頭立ての馬車であった。


 足並みを揃えて走る馬の歩調と、連動して御者台から座席へと伝わってゆく、絶えず身体を揺らす振動に、思わず抑えて欠伸をする御者がすぐに頭を揺すり、腿をつねって眠気を覚まそうとする。

 しかし、人の起き出すよりすこし前の辺境領マルクは、そもそも森林地帯に面した豊穣の土地であり、街道を渡るものの目に映る景色といえばじつに長閑で、完全に覚醒しようという御者の努力はどだい無理なものだっただろう。


 さて、座席には二人の若者の姿があった。言うまでもなく、一人は我らが主人公、アンリ・ドルターニュである。


「なあ。アンリ、眠ってしまわないでくれよ。僕が一人になってさみしいじゃないか」


 その彼は今にも眠りこけそうにうつらうつらとしており、彼を揺り起こそうとする男がもう一人いるのだった。


 アンリの、妹と同じオルターニュ家の血筋を証明する艶やかな黒髪とは異なり、中央に多い王家の血統に近い高潔な金髪の美青年である。

 馬車の座席ではいまいち掴みづらいが、立ち上がればアンリよりもわずかに背が高く、長い足と鍛えられた細身の筋肉、そこからくる軽い身のこなしと切長の双眸とが、すべて一片も欠けることなく調和して、この青年に天より賜りし美を体現している。


 ひるがえって我らが主人公といえば、少しは見目麗しいといえなくもない相貌かおをしていないこともないが、この青年を前にすれば形なしであった。

 そんなアンリが寝ぼけながら応える。


「うーん……昨日はうまく寝付けなかったんだ」


「きみらしいね。入学式が不安だったのかい? 大丈夫さ、きみや僕の家柄なら、いくら田舎から出てきたといっても悪くするような貴族の子女はおるまいし、万一いたとすればそちらのほうが世間知らずさ」


「入学式……まあ、そんなところかな」


 本当は寝る前に偶然、隣室から聞こえてきてしまった妹の心中の声(あるいは、彼にとっては危険な妄想の幻聴)が気になってしまい眠れなかったのだが、そんなことは言い出せないアンリは話を切り替えることにした。


「そうは言うけれど、オノレ。きみほどの人物が、そんなにも入学式を怖がっていそうなのが、俺にとってはらしくないと感じるよ」


 そうなのだ。オノレと呼ばれた美青年は、アンリの言葉どおり、わずかに震えているのだった。口ではなにも心配ないと嘯きながら、当人が一番不安そうなのである。


「そ、そんなことはない。僕はバルザック公爵家の嫡子だ。オルターニュの家で今年まではお世話になっていたけれど、貴族学校の入学を機に本家に戻って、家を継ぐための準備を始めるんだ。入学式が怖いだなんて言ってはいられないだろう!?」


 怯えた人のお手本のような顔でいるオノレを見て思わず笑いが溢れたアンリは、それですっかり眠気がどこかへ行ってしまった。


「わ、笑うな!」


「っく、すまなかったよ……長い付き合いだ。きみの苦手なものは俺も知っているつもりだから、お相手がたに失礼にならない程度になら助け舟を出そう」


「……ああ、そう言ってくれると助かるよ。アンリ」


 アンリとオノレは幼馴染といっていい長い付き合いなのだが、公爵位に叙されるバルザック家の家督を継ぐべきオノレ・ド・バルザックが、どうしてわざわざ辺境領のオルターニュ家に預けられていたかといえば、ひとえにこの彼の苦手なものが関係している。


 率直に言ってしまえば、彼は極度の女性嫌いなのである。


 アンリは初めて屋敷に連れてこられたオノレを見たとき、彼が女の子であると勘違いした。

 特に女性恐怖症の激しい時代ゆえに引っ込み思案だったからもあろうが、子供ながらあまりに目鼻立ちが整って美しかったことがなければ、到底こんな勘違いは起きえまい。


 それほどの美貌を幼い頃から具えていた彼が、どうして女性を苦手とするようになったかについては、彼の高い家柄とその美しい顔貌そのものに原因のひとつがあったと言わざるを得ないだろう。


 バルザック家じたいはそれほど早くに、それこそオノレの物心がつかないほどの時期に、許嫁を決めようとか、将来婚姻を利用した政治や、持参金の計算を始めようとはしていなかった。

 しかし、周りの貴族はそうではなかった。幼いオノレに寄ってたかって取り入ろうとする貴族の子女たち。とりわけオノレと同じか少し上ぐらいの年頃の女の子が、自分でも訳がわからないまま、親に言いつけられたとおりにオノレに話しかけにいくのだ。


 きっとオノレと仲良くなれば、裕福な貴族である親から菓子ガトーや欲しいものをもらえたのだろう、女の子たち一人ひとりはオノレとひとしきり仲良くしたつもりで意気揚々と迎えの馬車に乗って親の屋敷に帰るのだが、毎日たくさんの女の子の(それもとびきりわがままな貴族の娘たちの)相手をさせられたオノレからすれば、たまったものではなかっただろう、とアンリは今では彼の幼年期を哀れむ。


 しだいに家を訪ねてくる女の子たちにノイローゼ気味の症状を呈してきたオノレを見て、バルザック家は慌てて彼を中央の貴族の手の及ばないオルターニュ家へ送り出したのである。

 それがアンリとオノレの出会いの顛末であった。


 アンリは眠気が覚めて親友と何ともない世間話に花を咲かせながら、彼との思い出に浸っていた。

 オノレと親しくなれたのは、ひとえに彼と幼い頃から兄弟のように過ごしてきたからだけではない。


 彼がかつて裏表のない本当に素直な少年だったから、そして今でも互いに隠し事のひとつも持てないほどの誠実で正直な男だからだ、とアンリは心の底から思っている。

 彼の内心の声に、少しでも彼の口から聞こえる声を裏切った言葉や、後ろ暗い気持ちを聞いたことがないからだ、とアンリは彼に感謝さえしている。


 そのとき、ふとオノレの声が聞こえた。


(アンリには、僕のようになってほしくない。ああ、神さま。貴族学校に入れば、貴族の女生徒の知り合いもできるだろうが、彼女たちの悪辣なところに、どうかアンリの嫌気がさすようなことは起きないでくれますように)


 アンリはオノレの美しい顔を見た。オノレは不意に見つめられて、不思議そうな顔をしている。


(どうか、アンリに素敵な出会いがありますように。辺境領マルクでは僕と比べられてばかりで、僕の僕自身が少しも望まない顔立ちのせいで、アンリは男性として見られることがほとんどなかった。彼の謙虚で人好きのする素晴らしい気立てと、オルターニュの血筋がもたらした異国風エキゾチックの魅力をわかってくれる女性が、どうか彼にはありますように)


 その心の声を聞いて、それが本当に彼の声なのかどうかあくまで訝しみながらも、アンリは(きみにも同じことを俺は祈っているよ)と、内心で応えたのだった。


明日は投稿するかわかりません。なぜならもうストックがないからです。

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