鎧を着た悪魔
ベネアード一派との戦闘はすでに決着がついていた。いや、戦闘ですらなかった。
圧倒的な人数と銃器を前にろくな反撃もままならないまま、村は一方的に略奪されているだけだ。
齢六十となったこの村を統べる立場の村長は、不気味に笑うベネアードの部下たちに連れられ、村の中央までやって来た。目の前にはベネアード一派の幹部として悪名を轟かせる五人が揃い踏みしており、燃え盛る周囲の家々とは対照的に冷徹な視線を向けてくる。
眼鏡をかけた痩躯の男、盾使いのモネア。
背中から生えた翼で空中を飛び、獲物を狙う目を光らせる女狙撃手、鷹の獣人ミヴァ。
シルクハットの帽子を被り、分厚い筋肉を備えた男、稲妻撃ちのバルディ。
牛よりも太った巨漢の男、殺人からくり師エスモル。
二メートルを越す長身の男、バウンド・ボム・バレットの使い手ドゥエニッヒ。
そして、その幹部五人と膨大な数の部下を統率する一派の頭領、鎧を着た悪魔ベネアード。
ベネアードは幹部の奥から悠然と歩いて村長の前にやって来た。
鎧を着た悪魔という通り名が示す通り、全身が金色のプレートアーマーに覆われ、頭もまたガードの下ろされた兜を着けているために顔形が外からは見えない。鎧とは別に、ベネアードはその背中にポンプアクション式ライフルを二丁、交差させるように装備しており、腰回りには二重にわたって弾のベルトを下げていた。古来より人を魅了してやまない黄金の輝きだが、この猛火の中に屹立し、炎のゆらめきを反射するその異様な姿は底知れない畏怖を見る者に与えた。
「俺に話がある、だと?」
ベネアードが村長に言い放った。鎧の中から反響されたその声は、深い洞穴の中から聞こえる猛獣の唸り声を想起させる。村長は声を聞いた瞬間に全身の肌が粟立った。
「む、村の蓄えを全てやる」
村長は生唾を飲み込んでから言った。
「山のとある地点に我々が少しずつ貯めた財産が隠してある。天災に見舞われたときのために長年にわたって蓄えた金じゃ。額は二千万リティに及ぶじゃろう。それを全てあんたらにやる。だからもう村から手を引いてくれ。部下を引き上げさせてくれたら儂が隠し場所を教える。この通りじゃ」
村長は地面に片膝を突き、両手を胸の前で交差させ、お辞儀をしてみせた。神に祈りを捧げるポーズだ。この場合でいえば、完全なる降伏と服従を現す。
「駄目だ」
ベネアードがにべもなく告げると、踵を返して部下に命令した。
「この馬鹿から村の隠し財産の場所を聞き出せ。わざわざ俺たちに財宝の存在を教えてくれるとは間抜けもいいとこだ。痛めつけても口を割らないようなら目の前で何人か村人を殺せ」
「なっ!」
村長は耳を疑った。たとえ暴漢といえども最低限の良心は残っているはず。そう信じて話をしたのに。驚きはすぐさま失望に、そして憤りへと変わった。
「このっ! 悪党めがっ!」
全身を怒りで震わせながら村長はベネアードの後ろ姿に向かって叫んだ。その場から去ろうとしていたベネアードが足を止める。
「その通り。俺は悪党だ」
ベネアードは顔半分だけを振り向けた。
「で、何か悪い?」
再び村長へ向かってベネアードは歩き出し、近付いていく。
「この世に生まれ落ちたからにはどんな生物も欲したものを得るために戦う。だが万物は有限。金も食い物も先に生まれた者が多くを取り囲み、横取りを阻止するルールを作れば後から生まれた者ほど不利となる」
ベネアードは歩き、語る。
「先人たちの食い残しを慎ましく分けて暮らすのが平和か? そんな社会を維持するのが正義か? くだらねえ。欲しいものは奪ってでも手に入れる。それが悪だというのなら、悪の方がよほど価値のある生き方じゃねえか」
ベネアードは目の前まで来て立ち止まると、跪いている村長の顔に自分の顔を近づけた。兜の奥に、あらゆる光を吸い込むような常闇が広がって見える。
「先に生まれた者が偉いんじゃねえ。全てを手に入れたものが勝者となるんだ」
ベネアードは空に向かって叫んだ。
「野郎どもおおお! 俺が許す! 好きなだけ奪い! 好きなように殺せ!」
周りにいた部下たちが一斉に雄叫びを上げ、持っていた銃を突き上げて空へと撃った。




