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旧劇場の戦い3

 ふと、ツアムは振り返って劇場ホールの方向を見た。階段の傍にスキーネたちが隠れているがそのずっと後ろ。廊下の奥から熊の獣人が駆けてくる。物凄い速さだ。


「後ろ!」


 ツアムが叫ぶと、スキーネとルッカは同時に振り返ってカッシュに気付いた。


 もう距離は五メートルもない。カッシュから一番近くにいたデシラが体当たりをくらいそうになったので、咄嗟にスキーネがデシラを突き飛ばして自分も横へ逃げ飛んだ。クインリーの前に、ルッカがトンファー型ライフル二丁を十字に交差して立ちはだかる。


「邪魔をっ! するな!」


 カッシュが走ってきた勢いそのままに腕をアッパーの要領で下から突き上げた。


 ルッカは交差したトンファーの中央でパンチを受け止めたが威力を止めきれず、空中に突き上げられてそのまま投げられた人形のように後方へ吹き飛んでいく。

 

 ツアムが隠れている位置をも通り越し、ルッカはエントランスの方へ飛んでいった。ルッカの体が等間隔に並ぶ石柱の一本にぶつかりかけたとき、ルッカは空中で身をよじって、猫が着地するように柱の真ん中ほどで両足を着ける。両手に持ったトンファーを伸ばして体勢が崩れないようバランスを取り、キッとカッシュを睨みつけた。いつの間にかヒトから獣化し、イタチの黄色い瞳がエントランスの天窓から差し込む半月の光を受けて輝いた。


「クーリン!」


 カッシュは直立していたクインリーの両腕ごと体を掴んで軽々と頭の上まで持ち上げた。まるで幼い子供を“高い高い”するように。


「俺の嫁になれ! 俺がお前をここまで育てたんだ! それぐらい、いいだろう!」


「は、離して。痛い」


 クインリーが苦痛で顔を歪めた。


「俺に恩を返そうと思わないのか! さあ言え! 俺を選べ!」


 カッシュの後ろで、スキーネが片膝を地面に着いて銃口をカッシュの背中に向けた。


 ダン!


 ボルトアクションの銃口から電撃弾が発射され、カッシュに当たってカッシュは前のめりに倒れ込んだ。空中で手を離されたクインリーは地面に下されると、バランスを崩して尻もちをつく。


「今だ!」


 クインリーが座り込んだ背後から二人の男が突如として影から現れた。犬の獣人グリシェンコの部下だ。

 スキーネは、今度はポンプアクション式の散弾に操作を切り替えて銃を発射する。電撃の散弾が放たれ、一メートルの間隔で横並びしていた男二人が同時に弾を浴びて倒れた。


 好機。


 グリシェンコは柱の陰から飛び出し、一気にクインリーに詰め寄ろうとした。クインリーを人質に取ってしまえば奴らは手が出せないうえに捕獲という目的も達成される。


 しかし、クインリーまであと四メートルというところで横からルッカの襲撃にあった。吹き飛ばれたルッカは石柱の下へ着地すると、動き出したグリシェンコに気付いて先回りしたのだ。


 ルッカは旋回させたトンファーでグリシェンコの腹部を殴打し、こちらへ体を向けさせてから後方宙返りをするように跳んで、半弧を描いた脚でグリシェンコのアゴに下から蹴りをお見舞いすると、そのまま空中で回転しがらトンファー型ライフルを撃ってグリシェンコに胸部に命中させた。流れるような三連撃をまともに喰らい、グリシェンコは壁に叩きつけられる。


「うわ! 強烈」


 スキーネが思わず痛みを共感して顔を歪めた。ルッカは静かに着地すると、残心を忘れずエントランスの警戒に当たる。


「もう敵の姿は見えません。今ので全員倒したようです」


「随分吹き飛ばされたが足は大丈夫か、ルッカ」


 ツアムが安心して銅像の裏から姿を現したそのとき、後ろから悲鳴が上がった。三人が見ると、床に転んだデシラがホーパーに銃を突き付けられて、人質に取られている。


「グリシェンコ! 今だ! クインを捕らえろ!」


 しんと静まり返った。反応するのは誰もいない。


「ちっ使えない奴らめ。全員やられたのか。立て」


 床に突き飛ばされていたデシラは、ホーパーに無理矢理起こされて立ち上がった。ホーパーはデシラの首に腕を回して締め上げると、銃を持ったもう片方をクインリーに向ける。スキーネたちが咄嗟に銃口をホーパーへ向けたが、クインリーが手で制して言った。


「やめて! みんな銃を下ろして」


 一瞬の後、スキーネ、ルッカ、ツアムは言わるまま下ろした。


「何故私から逃げる、クイン?」


 ホーパーが今にも泣き出しそうな表情で訊いた。


「さっき言ってくれたじゃないか。私のことをずっと慕っていたと。嘘だったのか?」


 クインリーはデシラを見た。苦しそうに顔を上げている。辛うじて呼吸はできているといった様子だ。


「…ええ、嘘よ。あなたに対する愛情はない。ホールでは演技したの」


「どうして!」


 ホーパーは叫んだ。


「どうして君は理解できないんだ! 私以外に君に似合う男などいないだろう!」


「前に言ったでしょう、あなたは私じゃなく私の名誉にしか目がないって。あなたからの告白って三度とも私を幸せにしたいとか、生涯をかけて愛するとは一言も言っていないのよ? ただ自分と付き合うことでどれだけ周囲の羨望を集められるかしか語っていないわ。外聞しか気にしない人と一緒になったところで破局するのはわかりきっているじゃない」


「事実じゃないか! そんな言葉選びでこの私を振ったのか? 愚かすぎる!」


 クインリーはホーパーをなだめるように、努めて冷静に言った。


「幕は下りたわ、ホーパー。デシラを解放して自首してちょうだい。さもないと痛い思いをすることになる」


「脅迫するのか? この私を」


 ホーパーは銃口をクインリーに向け直した。


「こっちへ来い。最も選びたくない選択肢だったが、君を連れて他所へ行く。誰も私たちを知らない遠方の地だ。例えるならそう、君はルシーデ、私がフィルシャン。劇中で二人の駆け落ちは叶わなかったが現実なら成就できる。さあ、私と共に来るんだ」


 クインリーは哀れんだ瞳でホーパーを見据えた。


「俳優の喜びは演じることであって台本を変えることじゃない…撃っていいわよ」


 そう言うと、クインリーは両手を横に広げてじっと立った。まるで銃弾を胸に受け入れるかのように。困惑したホーパーが何かを言おうとしたとき、背後で銃声が響いた。


 ダン! 


 ホーパーがその場にくず折れた。

 デシラが驚いた様子でその場からすぐに離れる。煙の上がっている銃口を天へ向けて、ナナトがクインリーに声を掛けた。


「怪我はない? クインリーさん」


 返答の代わりにクインリーは微笑を浮かべて言った。


「ナイスショット」



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