護衛
ナナトの決断は早かった。
急いでデシラを縛っているロープを銃で撃ち、切断する。そしてデシラ短く訊いた。
「走れる?」
デシラが頷いたのを見たと同時に、ナナトはリボルバー・ライフルの銃口を天井に向けた。
目標は舞台袖の内幕。
ダン! ダン! ダン! ダン!
矢継ぎ早に四発撃ち、思い通りに命中したことを確認したナナトは、垂れ下がっていた内幕を手で掴み、思い切り下へと引っ張った。
穴の開いた箇所からビリビリと破れる音が聞こえたかと思うと、内幕はひらひらと上から下へと落下し、真下に居たホーパー、カッシュ、ウドナットの上に覆いかぶさった。
「今だ!」
ナナトはデシラの手を掴み、舞台袖から飛び出した。内幕の中でもぞもぞと動く三人を尻目にステージを飛び降り、クインリーが隠れている観客席に向かって駆けていく。
「デシラ!」
ステージ上の様子を見ていたクインリーは観客席の隙間から立ち上がり、真ん中通路へ躍り出る。デシラは走ってきた勢いを弱めないままクインリーに抱き着いた。
「誓うわ、スティ! もう二度とあなたの差し入れを口にしない!」
デシラが早口で言うと、クインリーは笑顔で力強く抱擁した。
二人を背後に置いたナナトは、劇場ホール正面入り口を睨んでさっと銃を身構えた。
「誰か入口にいる」
ナナトが警戒したとき、劇場ホールの正面入り口からポピルが姿を現した。
「ポピル!」
「ナナトか?」
ナナトがすぐに銃口を天井に向けると、ポピルは駆け寄ってきた。ポピルの後ろにはツアム、スキーネ、ルッカの三人もいる。
「ん? なんか印象が違うな。顔変わったか?」
「髪を黒く染めているんだよ」
ナナトの答えにポピルが“ああ”と気の抜けた返事をしたちょうどそのとき、ポピルたちの後ろ。この旧劇場の正面入り口の方から男の野太い声が聞こえてきた。
「旦那ぁ! 無事ですかい?」
ナナトには聞き覚えのある声だった。今夜、空き地と二つ目の橋の上で耳にしている。
「あの犬の獣人だ!」
ナナトがクインリーを振り返ると、クインリーも頷いてみせた。ステージ上では、内幕の中を掻き出すようにしてようやく外に出たホーパーが大声で返す。
「グリシェンコか! 報酬なら十倍払う! クインリー・カースティを無傷で捕獲しろ!」
ツアムは銃を構えて今しがた自分たちがやって来た旧劇場の正面入り口の方向を見た。松明の灯かりがゆらゆらと揺れているのがここから窺える。何者かが自分たちの後を追うようにして旧劇場へ入ってきているようだ。事情を訊いている暇はないと考えたツアムは短く告げた。
「ナナト、指示をくれ」
ナナトはツアムとは背を向けるようにステージ上に体を向け、リボルバー・ライフルのコッキングをしながらこの場の全員に聞こえるよう声を上げた。
「僕たちは今、敵に挟み撃ちにされてる! 舞台の上に三人と、劇場入口からやってきた男たち。舞台の方は僕とポピルが引き付けるから、ツアムさんたちは入口をお願い。クインリーさんとデシラさんをここから無事に連れ出して!」
「わかった」「わかりました」「わかったわ」「心得た」
ツアムたちは了解し、各自が臨戦態勢に入った。




