告白
「すべての始まりは半年前。君に二度目の交際の申し出を断られたときだ」
ステージ上でホーパーは左右に歩き出しながら喋り始めた。
「君は私の想いを受け止めてくれなかったが、私は諦めなかった。おそらく君はまだ私のことをよく知らないのだ。そう思った私は二人だけで話す時間がもっと必要だと考え、ある策を練った。今振り返ってみれば紳士ならざる思い付きだったが私は焦っていたのだ。君が他の誰かに盗られてしまうのではないかということ。そして傷ついていた。なにより私を撥ねつけた君の短慮に業を煮やしていた」
クインリーは直立不動のまま黙ってホーパーを見つめている。
「君のファンを装い、差し入れと称して劇薬を忍ばせたクッキーを楽屋へ届けた。誓って言うが、君の心身を永久的に蝕む代物ではない。せいぜい食あたりの被害が出る程度だ。体に不調をきたした君は医者である私を頼ってくる。褒められたものではないが、私はそれをキッカケにして君との親交を深めるつもりでいた」
「差し入れを届ける際、私はそこにいるデシラに用を頼んだ。この旧劇場の控室は狭く、君とデシラの二人が共同で使っていたからだ。だが予定外なことに、デシラが君へ贈ったクッキーを全て一人で平らげてしまった。私はちゃんと、クインリーにだけ渡してくれと依頼したのだが、そこのリスはあろうことか君に内緒で差し入れを独り占めしたのだ。腹立たしかったよ。他でもない私の計画を邪魔するとは」
ホーパーがデシラを睨みつけた。デシラは信じられないといった表情でホーパーを見る。
「一枚でも十分な効果だったのに全部を食べきってしまったデシラは当然体調を崩し、私の元へやって来た。私は迷い、考えたよ。劇薬を飲んだと診断して原因を追究すれば私が差し入れしたことがバレてしまう。そうなればご破算。私は付属医の地位を追われ、君とも二度と近付けなくなってしまう。それだけは避けたかった。なんとしてでも」
「そこで私はデシラを利用することを思いついた。君とデシラが竹馬の友であることは劇団周知の事実。私はデシラに見たこともない病状だと不安を植え付け、ひとまず隔離して様子を診断したいと告げた。彼女は疑うこともしなかったよ。それから閉鎖されたこの旧劇場に軟禁し、彼女からクインについて私が知らなかったことをいろいろと聞かせてもらった。容体に関しては自由自在に操れたので何も問題はなかった。なにせ一日の食事を運んでいたのはこの私なんだ。劇薬の量を調節し、診断し、慰めの言葉をかけるだけでよかった」
「そんな…あなたが…信頼してたのに…」
デシラが呟いたが、ホーパーは何も聞こえなかったかのように無視した。
「ある程度、デシラと君の間柄を知った私は、君と文通を図ることにした。気付かなったかい? クイン。君は一度もデシラ本人と文で会話していないんだ。デシラの実家宛の手紙を診療所へ届くよう金で手配し、実際にやり取りしていたのは私だったのだよ」
ホーパーは満足げに笑ってみせた。自己陶酔しているようだ。
「それでも今夜の君の行動には驚かされた。騒ぎを起こしてバエントの監視の目をかいくぐるとは書いてあったが、まさか火事まで起こすとは。計画が頓挫したときのために駒まで用意して君を丁重にここまでもてなすつもりだったのだが一人だけで来るとはね。益々君への尊敬の念が深まったよ」
「…あなたの目的は? 私をどうしたいの?」
ようやくクインリーが口を開いた。ホーパーが再び大仰に両手を開いて天井へ向ける。
「君が欲しい。私の妻になってくれ。君の周りの人間もみな羨ましがる。必ずや私たちは政界、財界から引きも切らず遊宴に招待される夫婦となるだろう。君だって本当はわかっているはずだ。知力、財力、名声。君にふさわしいのはこの私以外にいないことを」
クインリーは押し黙ったまま、一瞬ホーパーから視線を外してデシラを見た。そしてもう一度ホーパーを見つめ直して、告げる。
「残念よ、ドクター。あなたがこんなことをするなんて…私はずっと前からあなたのことをお慕いしていたのに」
ホーパーは耳を疑った。
「…え?」




