追跡
四人が昨日角熊を倒した清流の川原に到着したとき、ちょうど東の山の頂に太陽が顔を乗せた。熊の死体に変わりはなく、新しい足跡もない。そこからナナトを先頭に二頭見かけたという森の奥まで獣道を進むと、新しい足跡と、そして角熊のものと思われる血痕が見つかった。
「たぶん縄張り争いで二頭が争ったんだ」
ナナトがしゃがみ込んで足跡と血痕を見ながら推測する。
「二頭の足跡が激しく交差してる。…むしりとられた毛もある。二頭とも昨日倒したやつより少し小さいから、ボス熊が死んで新しい縄張りを主張しあったんだと思う」
「ふうん。小さいながらも猟師なのね」
スキーネは感心した様子だ。ナナトは立ち上がる。
「本当なら犬の助けを借りて匂いで熊の跡を追跡するんだけど」
残念ながら村の飼い犬はすでに角熊が里に下りた際に襲撃、捕食されてしまったのだ。
「一頭は北東、もう一頭は南西に分かれたみたい。どうしよう?」
ナナトは自然と年長であるツアムに顔を向けた。ツアムは今日も髪留めで前髪の片側を上げている。
「あたし達も二手に分かれよう。一頭を仕留めたら、銃声に怯えてもう一頭はもっと山の奥に逃げ込むかもしれないからな」
「私はスキーネ様にお供します」
ルッカはそう言ってスキーネに歩み寄った。
「じゃ、あたしとナナトのペアだ。ナナト、二頭のうち負けた熊はどっちの方角に行ったかわかる?」
「ちょっと待ってて」
ナナトは小走りでまず北東側を進み、戻ってきてから今度は南西側をしばらく進んだ。
「北東に逃げたほうが深手を負ってる。葉っぱに血がついてたし、足跡の間隔も長いから走って逃げたんだ」
勝負に負けた側が背を見せて遁走するのは獣も人間も変わらない。
「ならスキーネ。お前たちには北東を任せる。……そんな顔するなスキーネ。手負いの獣はかえって恐ろしいんだぞ。もし熊を退治したらそのまま村まで下りてくれ。夕方宿屋で落ちあおう」
四人は二組に分かれた。
スキーネとルッカは、熊の通った道を見逃さないように注意深く周りを観察して進む。
「参ったわ。地面の草が深すぎて足跡がわからなくなっちゃった。ルッカ! そっちに何か手がかりある?」
「地面に近い枝が折れてます。おそらくはこっちを通ったものと」
「大丈夫かな~。間違えてイノシシの通った道を進んでない?」
一方、南西へと進んだツアムとナナトは、互いに喋ることもなく黙々と歩を進めていた。ナナトの動物追跡術は堂に入ったものがある。どんなに小さな足跡でも見つけ出し、音を立てずに歩き、周囲へ警戒も怠らない。ツアムは感心してナナトの様子を見ていた。相当狩りに慣れているし、教え込んだ師の力量も高かったのだろう。これなら小鳥にさえ気付かれず背後へ回ることもできそうだ。
一時間ほど歩くと、ナナトとツアムは見晴らしのいい高台の上に出た。前方は崖になっていて爽やかな風が顔に吹き付ける。
「ちょっと休憩しよう」
ツアムの提案にナナトも賛成し、水筒の水を口に含んでからナナトはなんとなしに崖下を覗き込んでみた。
「あ、スキーネとルッカが見える」
「どこ?」
「ほらあそこ。フワの木と木の間」
ナナトが指差す方向を目で追ってみると、五十メートルほど崖下の木々の間に銃を背にしている二人の姿が見えた。
「…ホントだ。よく見つけられたな」
「僕、目はいいんだ」