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苛立ち

 カッシュは苛立っていた。そして、焦っていた。


 二メートルを越す身長の自分が脇目も触れずに街をのし歩くため、度々、往来する人とぶつかっているが気にも留めない。ぶつかった相手はみな文句を言おうと顔を上げるも、相手が巨漢なクマの獣人とわかると恨めしそうに睨むだけで突っかかる者は皆無だった。


 馬鹿な! クーリンはストーカーに対して察しがついていた? あの宝石のことか!


 カッシュは鼻息を荒くして考え込んだ。

 二週間の前のことだ。カッシュが昼食を運んだとき、たまたまクインリー自身はまだ部屋に戻ってきておらず、カッシュは彼女を探す目的で着替え場の奥を覗いた。そこに、彼女が普段身に付けていたブレスレッドを見つけたのだ。色とりどりの宝石が散りばめられたそのブレスレッドは一目で高級な代物とわかる。ちょうどそのとき、カッシュは賭博で負けが込んでいて借金に手を付けていたところだった。しばらく迷った末、カッシュはブレスレッドを自分のポケットにしまい込んだ。


 盗んだつもりはなかった。借りただけだ。しちに入れてしばらく賭けを続ければ幸運がきたときに買い戻せる。そのあとでまたクーリンにそっと返せばいい。クーリンは俺に借りがある。あいつが今、女優として成功しているのは俺のおかげなのだ。それにこんな宝石の一つや二つ失くしたところであいつの稼ぎからすればなんともない。


 結局、その後も賭けに勝てず、質草しちぐさはもはや誰の手に渡っているのかもわからなくなっているが、カッシュはその件をクインリーに気付かれていたのかもしれないと考えた。

 早急に、手を打たなければならない。

 もしクインリーが窃盗を働いたのはカッシュだとバエントに告げ口しようものなら、いくら古参のスタッフとはいえ解雇は免れない。前科を背負った獣人が新しい働き口を探すのは困難極まることだ。最悪の場合、街を出ていかざるをえず、今の賃金よりはるかに安い肉体労働を生涯続ける羽目になる。


 それだけは駄目だ。一刻も早くクーリンに会って誤解を解かなければ。


 しかし、そのクインリーは火事の混乱時にどこかへ逃げ出してしまったという。絶体絶命かと思われたが、神はカッシュを見捨てなかった。劇場でバエントからクインリーが街の中で行きそうな心当たりはないかと聞かれたとき、カッシュは一昨日の昼間、クインリーの控室で彼女から聞かれた妙な質問を思い出したのだ。


「ねえカッシュ。旧劇場の搬入口ってまだ通れるのかしら?」


 旧劇場と聞いてカッシュは首を捻った。街はずれの丘の上に立ち、この劇団が何十年もの間、公演を行った場所だ。利便性がとにかく悪く、またクインリーの評判が立つにしたがって観客席の数がとても足りないというクレームが相次いだ結果、今の新劇場を建築して劇団が移ることになった。旧劇場は閉鎖され、来年には取り壊しが予定されている。


「旧劇場がどうした? 何か忘れものでもしたのか?」


「そういうわけじゃないの。ただ子供の頃から過ごした劇場だから、取り壊される前にもう一度中を見たいと思っただけ。たしか搬入口ならいつも鍵が開いていたでしょう?」


「今は駄目だ。閉鎖する前に内側から新しいかんぬきをかけちまった。俺ぐらいのパワーならぶち破れるが…今度一緒に行くか? 付き合うぜ?」


「いえ、いいわ。取り壊しはまだ先だし、バエントに相談して正門の鍵を借りることにするから」


 なら最初から俺に聞かなきゃよかったのに。思わせぶりしやがって、とカッシュはいぶかしんだが、どうでもいいことだとすぐに忘れることにした。


 旧劇場。ひょっとしてあのときクーリンはこっそり中へ入る方法を探して俺に訊いたんじゃないか? 行ってみる価値はある。


 カッシュは歩を進めた。


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