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 窓から差し込んでいた陽光が次第に夕闇の色を帯びてくる。


 ナナトが外を見ると、太陽は西の彼方へ沈もうとしているところだった。あと二十分もしないうちに夜になる。いつの間にかナナトたち五人が揃って控室のまで待っていると、クインリーが廊下の奥からやって来た。


「ふう。お腹空いた。急いで帰り支度をするから、誰か馬車を迎えに行ってくれないかしら」


「それなら俺とナナトが行ってくる」


 そう言うと、ポピルはナナトと二人で劇場の入口へと向かった。クインリーは控室へ入り、ツアムたちは部屋の前で待機する。人気ひとけのなかった廊下に段々と稽古を終えた俳優たちが戻ってきた。


 ナナトたちは階段を下り、エントランスへとやって来た。


「ねえポピル、宿へ帰ったら露店を巡りに出かけてもいいと思う? 僕見たいものが一杯あるんだ」


「お、いいな。じゃあ俺も付き合おう。どうせ…」


「火事だ!」


 そのとき、劇場の奥から大声が上がり、ナナトたちは同時に声のした方へ振り返った。


 誰もが最初は、誰かの冗談かと思った。


 ツアムたちがいる廊下でも初めのうちはまばらに人が歩いているだけだったのが、次第に廊下の奥からザワザワと喧騒が広がり、やがて早歩きで劇場への入口へと非難する俳優やスタッフがクインリーの控室の前を通りすぎていく。


「何ごと?」


 クインリーがドアを開けて控室から半身を出した。まだ着替えの途中らしい。部屋の前を走り去るスタッフの一人がクインリーに声を掛けた。


「あ、クインリー。どこかで火災があったらしい。俺も煙を見たんだ。君も急いで逃げた方がいい」


 そう言って足早に去っていく。


「この大事な時期に火災? 参るわね。悪いんだけど、あなたたちちょっと様子を見てきてくれない?」


 クインリーがツアムたちにそう言ってきたので、ツアムが承諾した。


「わかりました」

 

 ツアム、スキーネ、ルッカの三人は、避難を始めた人たちをかき分け、火災が起きたとされる場所へ向かった。クインリーの控室がある廊下を曲がってしばらく進むと、白い煙が天井に立ち上っているのが目に入る。進むごとに煙は濃くなり、やがて三人はもうもうと煙が立ちこむ前で屈みながら咳こんでいる男性を見つけて立ち止まった。


「大丈夫ですか?」


「おお! 君たちか!」


 よく見ると、劇場の支配人であるバエントだ。


「ちょうどいい。手を貸してくれ! 火の勢いは弱くて今ならまだ消火できるんだ!」


 ちょうどツアムたちの後ろから水の入ったバケツを運んできたスタッフが煙の中へ突進していった。後ろを振り返ると、バケツリレーの要領で次々にスタッフが水を運んでくる。


「あたしたちも手伝います」


 ツアムはそれだけ言うと、スキーネとルッカを振り返った。二人とも何も言わず、水の元へ走ろうとする。


「待て! 二人とも! これを…」


 ツアムは着ていたシャツの裾をビリビリと破ると、二人に一枚ずつ手渡した。


「火事で怖いのは火よりも煙だ。これを水に濡らして口に当てろ。あまり煙を吸い込むなよ」


 スキーネとルッカは素直に頷く。

 ツアムは自分のアゴ下にあるシャツの襟元をたくし上げて鼻まで覆い隠し、三人はスタッフの中へ混じってバケツを運んだ。


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