声をかけてきた男
翌朝。
燦々とした日差しが木立の影を徐々に短くしていく中、ツアムたちは温ためた牛乳と焼いたトーストに干し葡萄という軽食を済まし、身支度を整えてシウスブルへと出発した。
進むにつれて道幅がより広く、整備の行き届いた道路へと変貌していき、行き交う人の数も増えていく。二時間ほど歩いたところで、ナナトたちの一行は同じように街へ向かって歩く劇団に追いつき、横並びになった。十名ほどの曲芸師からなる旅一座のようで、ナナトは白と赤の派手な化粧をした男を見て興奮してスキーネに話しかける。
「スキーネ! 見て見てあの人!」
「道化師ね。これからシウスブルで公演をするんだわ。ヤスピアだけじゃなく、他国からも腕に自信のある曲芸師が一獲千金を夢見てここへ訪れるの。いつしかシウスブルはこう言われているわ。大道芸の街」
一行はシウスブルに到着した。
大道芸の街、シウスブルは、ナナトが今まで見てきた中で一番大きな街だった。大型家畜牛のファヌーが五頭並んでもまだ余裕のある広い道の端に、生鮮食材や生活雑貨、衣服を売る露店が隙間なく立ち並び、各店の商人が声を張って道行く人々に自前の品を喧伝している。それだけでなく、小さな雑技団による玉乗りといった曲芸や、ジャグリングなどのパフォーマンスを披露する道化師などがそこかしこに居て、思わず立ち止まった往来人は一通り芸を楽しんでから投げ銭を演者の前に置かれている小箱に入れる。
周りを歩く大勢の人と、露店に陳列された見たこともない品々を全部見ようと、ナナトは絶えず首を左右に振って歩き、その様子を見たスキーネがおかしそうに声をかけてきた。
「ナナト。もの珍しいのはわかるけど、ちゃんと前を向いて歩かないと人にぶつかるわよ」
「う、うん。スキーネ、あれは何?」
「どれ? ああ、お土産用のガラス石ね。光沢のあるガラスと密度の濃い石を織り交ぜて作られた細工品よ。何か欲しいものでも見つけたの?」
「うん! あの綺麗な赤石色の弩の形をしたやつ。あれカッコいいなあ。ねえ買ってもいい?」
「あとよあと。まずは宿を取らなくっちゃ。まったく、ついこの間トパーズを散々見たくせに、ガラス細工に惹かれるなんて」
そう言うと、スキーネは思い出しように笑いながらルッカに囁いた。
「ナナト、私の家の玄関を見たらどんな表情をするのかしら?」
ルッカも思わず微笑んでみせる。スキーネが住む屋敷の玄関の床は、一面ガラス石がふんだんに使われているのだ。
一行は大きな橋を二つ越え、街の中心へとやって来た。途中の馬繋場にファヌーを預けて身軽になると、ギルド斡旋所へ向かう道中に、大きな建物を目にして立ち止まる。
「わあ…大っきいなあ」
ナナトが素直に感嘆したその瀟洒な建物は、高さ二十メートルの白い柱が何本も横に並び、見る者を圧倒するモニュメントが取り付けられている。さながら、大理石を削ってできた神殿のようだ。
「ここが、クインリー・カースティを始めとする一流の劇団員が座を持つ劇場よ」
スキーネが得意げに言うと、ツアムが横から尋ねてきた。
「どうしてわかるんだ?」
「だってほら。あそこに劇場のパンフレットを売っている人がいるじゃない」
スキーネが手を向けた方向には、なるほど、商売人ふうの男が道行く人に“今月の上演予定はこれだよ”と宣伝しながらパンフレットらしき紙を手に持って振っている。
「ここがクインリー様の…」
そう言ったルッカは憧れの視線で壮大な劇場を見上げ、斡旋所へと歩き出したツアムたちの最後にやっと動き出した。
「スキーネ様。ここまで来たのですからぜひ演劇を見ていきませんか?」
「席が取れるかしら。特にクインリーが出演する演目はよくても一か月待ちと言われているのに。とりあえず斡旋所に行ってみてろくなクエストがなかったら、今夜の演劇を見てこの街を去りましょう」
「感激です!」
「手持ちの所持金は少ないが、タズーロにさえ着ければザッカーの小切手を換金できるからな。とりあえず、宿代の足しになるような簡単なクエストでもあればいいんだが」
「俺は難易度の高いクエストでもかまわないぞ」
ポピルが頭の後ろに手を組みながら言った。その素振りからして、どうやらポピル自身は演劇に興味がないらしい。
ようやく辿り着いたギルド斡旋所にしても、やはりナナトが見たことないほど賑わっていた。まるで朝の野菜市場のような活況だ。今回はツアム、スキーネ、ルッカの三人がクエストを見定めて決めるというので、ナナトとポピルはそれぞれギルドの斡旋所の中で分かれることにした。ポピルが向かったのは最新の銃を取り扱う雑誌売り場。そしてナナトが向かったのはこの斡旋所の情報板だ。
「うーん、どれにしようかしら」
数あるクエストを吟味しているツアムたちの後ろから、突然「失礼」と男が話しかけてきた。
「見かけない顔だが、もしかして君たちは最近この街にやって来たのかね?」
三人が一斉に振り返る。そこには四十代と思われる小太りの男が立っていた。小奇麗な紳士服に身を包み、高級な衣服ではないものの、裾の先まで小奇麗にされていて、どことなく高貴な身分の品格を漂わせている。代表してツアムが答えた。
「ああ。ついさっきこの街に着いた。あなたは?」
「私はバエント。ギルドを介さず、個人的にクエストを依頼するためにここに来た。ちょうど君たちのように女性のチームを探していたんだが、よければ話を聞いてもらえないか?」
スキーネは“どうする?“といった表情でツアムを見上げた。
「一つ断っておくが、あたしたちのチームは他に二人いて、二人とも男だ。女だけのチームじゃない。それでも構わないか?」
「わかっている。あそこにいる二人の少年だろう?」
バエントがナナトとポピルに視線を送ってみせた。
「君たちが斡旋所の入り口から入ってきたときから目をつけていた。チーム編成にはなんら問題ない。では、依頼の話に移ろう」




