シウスブル
ワンガホの街へと戻ったナナトたち一行は、無理のない範囲の金額で弾を一通り買い揃えると、さらに西へと歩を進めた。ひとまず目的地はヤスピアの西にある街、タズーロだ。その街まで行けばザッカーからもらった小切手を換金できる銀行の支店があるので、とりあえずそこで路銀の調達を済ませようという話になった。
天気は快晴。風は順風。穏やかな丘の道のりを何度か旅人と行きかいながら、一行は二つに分かれた分岐点へとやってきた。分かれ道の中央には看板が立てられており、向かって右側はシウスブル、左側はフワッテロと書かれてある。
「どっちの道を行くの?」
先頭を歩いていたナナトが後にいるスキーネを振り返った。一行はファヌーの足取りを止め、スキーネは幌馬車の中から地図を取り出してツアムと確認する。
「地図によれば、左のフワッテロを進む方がタズーロに近いわ」
「なら左で決定だな……どうした、ルッカ?」
早くも左の道へと歩き出したポピルが、ルッカの様子に気を留めて尋ねた。
「いえ…その…なんというか…その…」
ルッカはモジモジと手を交差させて言いにくそうに俯いている。ピンときたポピルはルッカに近寄った。
「なるほど、用を足したいんだな。そこの茂みでするといい。ほら、チリ紙をあげよう」
「違います」
顔を上げたルッカが即座に否定して、横のスキーネにちらちらと目をやった。
「あの、スキーネ様…もしその…ご都合が悪くなければ…シウスブルへ参りませんか?」
いつになくしおらしい態度でスキーネがおずおずと提案する。スキーネは最初キョトンとした表情だったが、何か思い当たる節があったようですぐさま顔をほころばせた。
「ああ。そういえばシウスブルはクインリー・カースティの所属する劇団がある街だったわね。ええいいわよ。それならシウスブルへ向かいましょう」
「本当ですか!」
「もちろん。かわいい用心棒の頼みとあれば聞かないわけにはいかないわ。いいでしょ? ツア姐?」
「かまわないよ。フワッテロへ行くのとさして距離に差があるわけでもないし」
「ありがとうございます、ありがとうございます!」
ルッカは何度も二人にお礼を言って頭を下げた。こころなしか表情が上気している。ファヌーを右の道へと進路を向けて歩き出してから、ポピルがルッカに尋ねてきた。
「なあ、シウスブルに何があるというんだ?」
答えたのはスキーネだ。
「クインリーよ。あなた知らないの? 演劇史上、最高の演技力を持つと称えられている舞台女優。ルッカはね、そのクインリー・カースティの大ファンなの」
「直に演目を見たことはないのですが…彼女の演じる劇を一目見ることが私の夢の一つなんです」
ルッカが満面の笑みで引き継いだ。こんなに笑顔を振りまくのは珍しい。ナナトも横から口を開いた。
「僕も知ってる! たしかキツネの獣人なんだよね?」
「そうよ。東の国ヤスピアの舞台女優クインリーと、南の国カドキアの歌手オーゼス。この二人は、獣人の中で最も成功を収めたと言われているわ。私もぜひお会いしたいわね」
スキーネに微笑みかけられて、ルッカは恥ずかしそうにコクンと頷いた。




