羽刺し鳥
巨体ラシンカは、大きく羽を広げた。翼長だけで目測五メートル。それが羽ばたいて一陣の風を起こすと、一気に三本の羽軸が投げ落とされる。危ないところで躱したキャシーは、バランスを崩して枝にへたり込んだ。
「く。鳥に串刺しにされるなんて…真っ平よ!」
ダン! ダン!
とボルトアクション式ライフルの引き金を引く。弾は外れ、巨体ラシンカはさらに樹の上へと登っていった。
「ねえキャシー! この際だから一つ聞いておきたいことがあるの!」
幹の反対側を登っていたヴァネッサが声をかける。
「なによ?」
「あなた本当は三十こえているでしょう?」
「はあっ!」
怒気をはらんだ声でキャシーが言い返した。
「こえてないわよ!」
「年増の嘘は醜いからやめなさい。初めて会ったとき二十六って私に言ったけどね。それにしちゃほうれい線が長すぎるのよ!」
「うるさいわよ! この厚化粧っ!」
キャシーが怒りに任せて巨体ラシンカに向かって弾丸を放った。弾は目標から大きく外れる。
「あんたそのメイク、本当に綺麗だと思ってんの? 前にあんたとすれ違った男のギルダーが言ってたわよ。“あの顔はまるで猿の亜獣だな。討伐のクエストが出てないか確かめてこようぜ”って」
「ああ! ふざけんなっ!」
ヴァネッサが渾身の怒りを込めてラシンカを銃撃する。それもまた獲物に命中することはなかった。
「若さに嫉妬してんじゃねーよ! みっともねえ! だいたいあんたの胸が大きくなったところで、張りのないシボんだ風船になることぐらい想像つくでしょうが!」
「やかましい! あんたこそ、その顔に胸なんてぶら下げたって、鼻の下伸ばした下衆な男しか寄ってこないわよ! もとの顔が悪いだから!」
キャシーとヴァネッサは、息つく暇もなく相手を罵りながら銃をぶっ放してラシンカを上へ上へと押し上げていく。あまりの迫力に途中の枝にいる他のラシンカは思わず道を譲り、下から登ってくるスキーネたちに入り込む余地を与えない。その様子を下から見上げていたナナトはポピルににじり寄った。
「ポピル…怖いよ…」
「ああ…俺も十六年生きてきて女があんなに恐ろしいものとだとは知らなかった…」
身震いしながらポピルが言った。
巨体ラシンカがとうとう地上から二百メートル地点に到達したとき、ヴァネッサは枝の先に絶好の狙撃ポイントを発見した。ちょうど重なった葉の影に隠れ、鳥からは自分が見えてにくいが、こっちからは相手の全身が把握できる位置だ。ここで決める。そう判断したヴァネッサは枝の上に片膝をついて体勢を整え、片目で狙いを定めた。
突然悪口が止まったヴァネッサを不審に思ったキャシーは、その狙いを見て瞬時に状況を理解した。
「させる、もんですか!」
ヴァネッサよりも早く、キャシーが発砲する。狙ったのはヴァネッサのすぐ上にある枝だ。根元から折れた枝はヴァネッサの頭上に降り注ぎ、片膝をついていたヴァネッサは体勢を崩して枝にぶら下がってしまった。両手両足を棒に括りつけられて逆さにぶら下がった豚の丸焼きのような格好だ。
「この年増……あっ!」
ヴァネッサの持っていたライフル銃が体から離れ、重力に従って地面へと落下していった。
「あたしの勝ちね、なにもかも」
そう宣言したキャシーは、残酷な笑みを浮かべてヴァネッサのぶら下がっている同じ枝へとやってきた。絶好の狙撃ポイントだ。そして悠々と据銃する。
「させる、もんか!」
ヴァネッサは片腕を伸ばすと、枝に張り付いていたツルを引っ張った。ツルはちょうど、キャシーの足の下にも伸びていて、引っ張られるツルに連動されてキャシーの足も動き、バランスを崩したキャシーはあらぬ方向へ一発銃撃した後、銃を落っことしてヴァネッサと同じ体制でツルにぶら下がった。
「この…」
怒りで顔を上気させたキャシーが思い切りツルを掴んで暴れると、枝に張り付いていたツルはみるみるうちに枝から剥がれていき、その過程でキャシーとヴァネッサはツルに絡まって空中でぶら下がる形になる。
ちょうど蜘蛛の糸にかかった虫のように、空中で二人がツルに絡まっている状況だ。
「この厚化粧! なんで邪魔するのよ!」
「うるさい! 先に邪魔したのはあんたの方でしょう!」
この期に及んでもなお罵り合う二人を傍目で見ていたスキーネは、チャンスとばかりに銃を身構えた。
「ルッカ! あのEカップを倒すわよ!」
「御意」
二人は瞬く間に樹を登っていく。




