競合
「お。百五十メートルのポイントが見えてきた」
ポピルが指差して叫んだ。そのポピルの二十メートル先の樹の幹に、赤い紐が括られている。そして、ちょうど紐の近くに牛をも越える大きな鳥を発見した。
「もらいっ!」
ポピルは銃のコッキンングを完了すると、その大きな獲物に狙いを定めた。
ダン! という発射音がしたかと思うと、ポピルの足場が突然崩れ始めた。ポピルの乗っていた枝が急に根本から折れたのだ。体勢を立て直す暇もなく、ポピルの体は枝に叩きつけられながらスキーネのいる五メートル下まで落下し、ライフルもポピルの手から離れて下にいたナナトが慌ててキャッチした。
「ポピル! 大丈夫?」
スキーネが心配そうに駆け寄った。両手で後頭部を抑えながらポピルが上体を起こす。
「いたた…何が起こったんだ?」
スキーネがキッと銃声がした方向を睨んで、叫んだ。
「ちょっと! 人を狙うなんてどういうつもり!」
スキーネの視線の先に、銃口から煙の上がるボルトアクション式ライフルを手にしたヴァネッサが立っていた。
「あらごめんなさい。鳥を狙ったつもりだったんけど手が滑っちゃった」
ヴァネッサはわざとらしそうに舌を出してウインクして見せる。そして悠然と、上にいる大きいラシンカに銃口を向け、狙いを定めた。
「アレは私のも・の…」
しかしヴァネッサの銃が火を噴く前に、すぐ隣から銃声がしたかと思うと、百五十メートル地点にいた大きいラシンカは短い悲鳴を上げて落下してきた。
「誰っ!」
ヴァネッサが悔しそうに目を向けると、そこにはキャシーが銃を上に向けていた。
「はあ、はあ…やっと追いついたわ」
「キャシー…ラシンカの羽に刺されて病院送りになっていると願っていたわ」
「そっちこそ、足を滑らせて樹から落ちていると呪っていたのに」
たった今狙撃されたラシンカがキャシーの乗っていた枝に落ち、ズシンと衝撃が幹に伝わる。キャシーの背後で、彼女の仲間がラシンカの回収に動き出した。
「なんとなく、あんたとはいつか決着をつけなくちゃならないって気がしてたわ」
ヴァネッサが銃を握る手に力を込めた。
「あたしもそんな予感がしてた」
キャシーが枝を踏む足の位置を整える。
痛みをこえらたポピルが立ち上がって二人に叫んだ。
「おいあんたたち! 目的は一致しているんだろ! 協力して獲物を分ければいいじゃないか!」
「は。こいつと獲物を分け合うって?」
ヴァネッサが侮蔑を込めた視線でキャシーを見た。
「絶対にイヤ。豚小屋で寝る方がはるかにマシよ」
キャシーも汚物を見るような視線を返して言い切る。
「私もよ。肥溜めの中で泳ぐことになってもこいつと協力なんてしない」
「な…なんで…」
あまりの嫌い合いかつ即答ぶりに痛みも忘れてポピルは唖然としてしまう。
「残り約百五十メートル。どちらが多く獲物を仕留められるかしら」
「勝負、ね」
二人が同時に銃を身構えた。
そのとき、ひと際大きい鳥の鳴き声がしかたと思うと、キャシーの背後に巨大な羽が枝を貫通して突き刺さった。突然現れた羽に驚いたキャシーの仲間の一人が、バランスを崩して枝から落下してしまう。幸い、十メートル落ちたところで体がツルにからまって助かったものの、麻袋に入れた獲物は地面へと吸い込まれるように落ちていった。
キャシーだけでなく、枝の上にいた全員が見上げる。はるか樹上、百八十メートル付近に、それは目を怒りに滾らせて人間たちを見下ろしていた。
遠目からでもはっきりとわかる巨体。灰を被ったような色の大きい羽、ナナトの身長よりも長い脚。熊よりもはるかに大きい胸板。ナナトが思わず呟いた。「あのモグラの倍はあるや」
「あそこまで大きいのは…」
「見たことないわね」
キャシーとヴァネッサの目が一瞬合う。そして次の瞬間、同時に木を登り始めた。
「あ、ずるい!」
スキーネの気が付いたときには、すでに二人に十メートル以上差をつけられていた。
「ルッカ!」
「はい!」
「こっちも二人で行くわよ!」
「その言葉を心待ちにしていました!」
言うが早いがルッカは一気に樹を駆け上ると、スキーネと二人で登っていく。
「待て! あいつら…」
ツアムはケープの下から銃を取り出した。
「ナナト、行こう」
「うん」
ツアムたちはポピルの位置まで登ってくると、ナナトは持っていたポピルのライフルを「はい」と手渡す。
「礼を言う。もう一つ頼みたいんだが、ナナトが使っている弾は七ミリか?」
「そうだけど?」
「俺と同じ口径だ。悪いが火炎弾を分けてくれ。持ってきた分はだいぶ使ってしまった」
「うん、いいよ」
ナナトはポケットから火炎弾を出し、ポピルはそれをライフルに装填を始めた。
「先に行くぞ」
ツアムは木を登り始め、ポピルも「すぐに追いつく」と言い放つ。
ナナトも木を登り出す直前、先ほど枝に刺さった羽を見た。大人の背よりも長い羽だ。おそらく二メートルはある。太陽の光を反射して白く光った“針”を見て、ナナトはゴクリと唾を飲んだ。