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キャシー

 樹の下から見上げる光景は、圧巻の一言に尽きた。幹も太く、周囲の長さだけで五十メートル以上はある。ナナトとポピルが感想を言いながら巨大樹を眺めていると、開始十五分前になってヴァネッサのチームが現れた。ヴァネッサのチームもやはり八人。ヴァネッサは緑の髪を一本に結び、相変わらず濃い目の化粧を施しているが、昨日と違って服装は皮ズボンにベストの一般的な猟師スタイルである。ヴァネッサはナナトと目が合うと、微笑みかけて軽く手を振ってきたので、ナナトは律儀に頭を下げて挨拶した。


「おかしいわね」


 スキーネがそう言い出したのは開始十分前となったときだ。懐中時計を手に辺りをキョロキョロと見渡している。ツアムがそのあとを引き継いだ。


「九時まであと十分なのに残りのチームが姿を現さないな」


「あ、そういえば」


 言われてナナトも辺りを見渡した。昨晩、ザッカーは二十九チームがクエストに参加すると言っていた。なのに今、この場にいるのは自分たち五人と、ヴァネッサのチーム、それにピンク髪をしたチームの三チームだけしか集まっていない。


「イファーク・チームもまだ来てないな。もしかしてまだ寝てるんじゃないか」


 ポピルが宿の方角を見ながら言うと、ナナトはツアムの前に駆け寄って朗らかに言った。


「僕、様子を見てくるよ」


 ナナトが駆け出したまさにそのとき、冷徹な一言が横から飛んできた。


「行っても無駄よ」


 声の主はヴァネッサだ。結った髪が気に入らないのか、髪留めを外して軽く髪を手で梳いている。ナナトは立ち止まって尋ねた。


「無駄ってどういうこと?」


「言葉の通り。ザッカーのチームは全員、動けない」


 スキーネが前へ出た。

「あなた、何をしたの?」


「なに。昨晩ちょっと酒に味付けしただけよ。何も知らずに飲んだザッカーたちはもれなく体が痺れて動けなくなっているわ。今日一日はトイレに行くのさえ難儀するでしょうね。まったく男は単純で助かるわ。少し色目つかっただけで警戒を解いてくれるんだから」


「まさか…他のチームも?」


「半分、ね」


 そこまで言ってようやくヴァネッサは自分の髪から顔を上げ、スキーネを見据えた。そしてすぐさま、髪を結いながらピンク色の髪の女性に声をかける。


「アスーのチームをやったのはあんたでしょう、キャシー? まさかこの村の宿屋を買収しているとは思わなかったわ。昨日、あたしらとは違う宿で夕飯を食ったチームは全員まだ夢の中」


「できればあなたも眠らせておきたかっただけどねえ」


 キャシーと言われたピンク髪の女性は薄ら笑いを浮かべた。それを受けてヴァネッサも不敵に笑みをこぼす。二人の視線の間に火花が散っているのを見たポピルは、二人に向けて交互に指を差した。


「卑怯な手段だ! ギルダーなら銃で勝負しろっ!」


「お子様は黙ってな」

 とヴァネッサ。


「戦う前に敵を排除するのも立派な戦法よ」

 とキャシー。さらにキャシーは続けた。


「今年は何が何でもラシンカの肉を頂くわ。去年はたった一人の女が二百羽以上捕まえたためにあたしのチームは十羽しか手に入れられなかった。あいつさえいなければ、今頃あたしはこんなところに居なくて、どこかの貴族の夫人になっていたのに!」


「は。胸だけ大きくなっても脳みそパーチクリンのあんたが貴族なんて引っ掛けられるわけないでしょう? せいぜい都合のいい愛人止まりよ。あんたは」


「女からのひがみっていつ聞いても気持ちいいものねえ、ヴァネッサ。そういうあんただって婚約者に浮気されて入籍直前に捨てられたんでしょう? なんでも、浮気相手はあんたとは似ても似つかないグラマラスな体型だったとか」


 ヴァネッサが銃口を向けんばかりの勢いで色めき立った。


「どうしてそれを…!」


「このクエストの常連になっている女はだいたいが調査済みよ」


 キャシーは言葉を切ると、今度はスキーネたちに視線を移した。


「あんたたちは新顔だけど、たまたまこの辺りを通ってこのクエストを知ったんでしょう? 幸運だったわね。遠方にいる大多数のギルダーは狩猟の解禁日がまだ一か月先だと思っているわ。苦労して各地に偽の情報を流したんだもの。さすがにあんたたちみたいな通りすがりの一団までは防げなかったけど」


「そ、そこまでやるのか」

 ポピルは驚愕と呆れの入り混じった表情だ。


「なんだってやるわ。これは世の女の夢を賭けた戦い。あたしらの邪魔をしたらただじゃおかないってことを肝に銘じて樹に登りなさいね」


 キャシーはそう言って、目の笑っていない笑顔を繕った。


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