胸に秘めた思い
申請書を覗き込んだスキーネがポケットから『最新版クエスト等式表』を取り出した。
「髭猪…髭猪…あったわ。特に危険な亜獣じゃないわね」
「その通り。イモ畑を荒らす猪を退治してほしいとのことだ」
「うん、いいんじゃない。弾代が支給されるうえに電撃弾までもらえんだから超お得よ!」
「そうだろう。予約は済んでいるから慌てる必要もない。ツアムの姐御が来てから申請書を書いて提出すれば完了だ」
スキーネとルッカの注文したハーブティーが来たので、二人はコップに口を付けた。
「優良案件ね。私たちが来るまで残っていたのが不思議なぐらい」
スキーネが満足気に言うと、ポピルが補足してきた。
「なんでも、この街からすぐ西へ行った村で女性に物凄い人気の案件があるらしい。ここに来るギルダーはみんなそっちへ申請しているんだそうだ」
「へえ。そんなに人気なら、さぞ報酬が高いんでしょうね」
「いや、報酬は十万リティと聞いた」
ルッカが小首を傾げる。
「じゃあ、倒すのが極めて難しい亜獣とか?」
「いや、ラシンカと呼ばれる鳥だ。大型ではあるがそこまで討伐の難しい亜獣じゃない。したがって倒したところで名誉もつかない」
スキーネとルッカが困惑して眉を寄せた。
「ちょっと待って。報酬がたいしたことなくて栄誉に浴することもない亜獣? なんでそんなクエストが女性に人気で殺到しているの?」
「そりゃ、ラシンカの肉といえば、女性の胸を大きくすることで有名だからな。俺の国にだって評判は届いている。女が十羽も食べれば、その人はシャツのボタンの開け閉めに苦労するほど胸が大きくなるらしい」
ポピルが肩をすくめて言った瞬間、ガタン、とスキーネが飲もうとしていたハーブティーをテーブルに置いた。ルッカも持っていたコップ強く握りしめてヒビが入る。
「どうしてそれを先に言わないの!」
スキーネとルッカが同時に叫び、ポピルが思わずたじろんだ。
「し、知らないとは知らなかったんだ。ヤスピアの珍味として有名だから」
スキーネとルッカは互いに視線を交差した。スキーネがクイっとアゴを上げてサインを送り、ルッカは小首を左右に振る。スキーネが小さく頷いてみせると、ルッカも同じように首肯した。
無言で意思疎通の終えた二人が不気味なほどの笑顔を作り、ポピルに向き直る。ポピルは思わず生唾を飲み込んだ。
「ねえポピル。お願いがあるんだけど」
ひどくゆっくりとした動きでスキーネは手を組んだ。
「な、何だ?」
「せっかく予約してもらったところ心苦しいんだけど、髭猪のクエスト、キャンセルしてくださらない?」
「そ、それはいいが…」
今度はルッカが、妙に艶めかしい動きでアゴに手を当てて告げる。
「それからラシンカって言いました? そのクエスト、五人の名前で申請してきてほしいんですが」
「へ?」
「いえ、せっかくヤスピアの珍味が食べられる機会でしょう? スキーネ様がヴァンドリアに帰還したときにとても盛り上がる話の種だと思いまして」
「あら、私の名前をそこで出す?」
「私の行動原理は、全てスキーネ様のためですから」
スキーネとルッカは不気味に笑い出した。やけに渇いた笑顔だ。そのやり取りを見ていたポピルはピンと来て身を乗り出した。
「なるほどそういうことか。心配は無用だ、スキーネ。確かに俺は大きな胸をした女性が好きだが、惚れてしまった以上はそんなもの些末な問題。どんなに小さくたって我慢できる。胸の大きさ程度で俺の愛情は変わらないよ」
ポピルは自信たっぷりに告げた。ポピルとしては、スキーネの自己主張の少ない胸部について慰めたうえで自身の愛情の深さを語ったつもりだ。だが、向かいに座る女性二人は、この上なく冷めた視線でポピルを見つめてきた。おそらく、ファヌーの糞に群がる小蝿ですら、もう少し温もりのある目で見ることだろう。
「あ、あれ…俺は気を悪くするようなことを言ったか?」
「言った」
スキーネがピクリとも視線を動かさずに答える。
「一体何を…」
「今すぐに申請してきて。今すぐ!」
「はい」
ポピルは飲みかけの紅茶も忘れ、全速力で駆け出した。
【五級クエスト・ラシンカ(別名・羽刺し鳥)の討伐】
メンバー:一チーム八人まで
報奨金:十万リティ
弾代金:自費
備考:狩り場所はノーイス村。巨木の上にいるラシンカのみを対象とする
狩猟日は、九月十日、九時から十七時。
討伐したラシンカはその六割をクエスト発注者に納めるものとする




