新たな仲間
翌朝。朝露がまだ渇かない早朝にツアムたちは村を後にした。行く先はワンガホ。先頭を歩くのはナナトとルッカだ。心なしか、二人の様子は村を訪れる前より打ち解けて見える。
「そういえばナナト、私たちが退治した岩土竜がそのあとどうなったか聞いていませんか?」
「今朝、村の人に聞いたよ。僕たちが地上に出た後、男の人たちがもう一度坑道に戻ったらもう姿は消えてたんだって。たぶん意識を取り戻して野性に帰ったんだと思う」
「大丈夫でしょうか? 採掘現場の人が襲われたりしたら…」
「大丈夫って言ってた。もともと岩土竜は性格が臆病で、大きな音が立つのを嫌うから採掘場所には姿を現さないらしいよ。それに野性として自由に動き回ってもらうほうが石鼠を捕食してくれるんだって」
「なら良かったです」
岩土竜と聞いてナナトはあることを思い出した。
「それにしても動物を意のままに操れるって呪術師は凄いんだね。僕も頑張ったらなれるかな?」
「洗脳術っていうのはヒトのような高等動物には効きません。完全に洗脳できるとなると齧歯類がいいところでしょう。それに私とスキーネ様も子供の頃、屋敷の家庭教師から呪術を教わりましたがほとんど理解できませんでした」
「え? ルッカは呪術の勉強をしたことがあるの?」
「ごく短い間だけですが。呪術という学問はよく例えられるものとして数学を引き合いに出されます。例えば一足す一とか、一引く一といった簡単な加減乗除であれば歳が一桁の子供でもできますが、これが複雑高等な数式を理解し、さらにそれを使って新たな式を展開していくとなると相当な努力と根気がないとできません。一般的に、一流の呪術師一人を育てるお金と労力があれば五十人の医者が育つと言われているぐらいです。スキーネ様はすぐに授業を抜けだすようになりましたので、教師も匙を投げて、私もそれきりです」
「うーん…勉強かあ。座学は僕も苦手だな」
ナナトはすぐに勢いがなくなった。
一方、その後ろをポピルとスキーネが歩いている。
「家出を決意したのも無理はない。好きでもない相手との見合いなど論外だ。ちなみに好奇心から尋ねるが、その相手というのはどんな相手なんだ?」
好奇心というわりには、真剣な眼差しでポピルが尋ねた。
「何度か社交場で遠目から見たことがあるけども、顔立ちは整っていたわよ。男前という評判もよく耳にするわ」
「スキーネも…その…好意を持っているのか?」
「好意も悪意も持っていないわ。だってよく知らないんだもの」
「ではスキーネのタイプの男とは?」
「んーもちろんハンサムな顔立ちであれば越したことはないけど、私は顔や体型よりも恋に至るまでの過程に憧れを抱いているの」
「過程?」
「ほら、おとぎ話でよくあるじゃない。悪い呪術師に閉じ込まれた王子の話。私はそんなふうに捕らわれた王子を助けるべく、呪術師の住む城へ乗り込んで悪党をやっつけて、石にされた王子を口づけによって呪いから解放する。そんなシュチュエーションに子供のころから憧れているの」
「な、なるほど」
二時間ほど歩くと、見晴らしのいい原っぱに出たので、一行はそこで休憩を取ることに決めた。
「それにしても昨日の洞窟で見たトパーズは綺麗だったわね。一個ぐらい貰えるよう、契約書に付け足しておけばよかったわ」
水筒の水を補給し終わったスキーネが朗らかに言った。横にいたツアムも「そうだな」と微笑んでいる。
「ふ。ふふふふふふふ。」
ナナトの横でやはり水を飲んでいたポピルが不気味に笑い始めた。
「どうしたの? ポピル?」
「ここまで来ればいいだろう。スキーネ、実は君に渡したいものがある」
ポピルは高らかに言うと、ファヌーが引く馬車から自分のリュックサックを取ってきてスキーネの前に置いた。
「あら、何かしら」
「ご覧あれ」
ポピルが自分の荷物から光り輝くトパーズを取り出した。「おお~!」と女性陣が感嘆する。
「どうしたのよこれ、まさか盗んできたんじゃないでしょうね?」
「いいや。もともとこれが俺の契約報酬だったんだ。貨幣は重くてかさばるし、紙幣は雨に濡れると始末が大変だから持ち運びしやすい貴金属が一人旅にとって都合がよくてな。無論、村長の許可も取ってある。しかしこれだけの大きさをした宝石とは考えていなかったようで、説得するのに骨が折れた」
「じゃあ昨日、洞窟を出てから姿が見えなかったのは?」
ナナトが尋ねた。
「察しの通り、この報酬について村のお偉方と交渉していた。最終的に、村の中で宝石を出さないことを条件にもらったんだ。さすがにこのサイズを見せびらかすと、他の村人から嫉妬の対象となるかもしれんと言われてな」
スキーネが目を輝かせて聞いた。
「これを、私に?」
「ああ。英雄シオデンに引き合わせて頂くお礼と、なによりあなた自身の美にふさわしいと考えて」
「まあ、ポピルったら」
ポピルは芝居がかった動きでトパーズを高々と頭の上に持ち上げた。陽光を受けて宝石が一層の輝きを放つ。
「美しい輝きだ。しかしこれでもなお君の美貌には及ばない。受け取ってくれスキーネ。これが俺の…」
ポピルが熱く語っている最中、突如、持ち上げられた宝石を黒い鳥が足で掴み取って飛び去っていった。
「あ」
ポピルが口を開けたまま固まった。ナナトが逃げ去った鳥を目で追う。
「カラスだ。キラキラしたものを集める習性があるんだ」
「こら待てこの野郎! それは俺のだぞ!」
怒り心頭に発したポピルが大声を上げた。カラスは鳴き声を一つ上げて森の中へ飛び去っていく。
「くそ! 巣まで追いかけてやる! ツアムの姐御! しばらくここで待っていてくれ!」
ツアムが冷静に言った。
「諦めろ。お前が鳥の獣人でもない限りどうしようもない。先へ進むぞ」
そう言って歩き出していく。一部始終を見ていたスキーネはすっかり熱が冷め、ツアムの後に続いた。
「そうね」
「そうしましょう。置いていきますよポピル」
ルッカもファヌーの馬車へと引き上げていく。ナナトは女性三人とポピルを交互に見ながらどうしようかと戸惑っている様子だ。ポピルがライフルを掲げながら喚き散らした。
「待ってくれ! すぐ村に取り返してくるから! 一時間半、いや一時間だけ! 待ってくれーーーーーーーーーーー!」