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チャージ・ライフル

 洞窟を出た頃にはすっかり夕闇が迫る時刻となっていたので、ツアムたちは村に一晩泊めてもらうことになった。温かい食事と、ひっきりなしに訪れる村人の感謝の言葉にねぎらわれた四人は、月が天元に近づく頃には、すっかり洞窟での心労が癒されていた。


「これは報酬です。お受け取りください。」


 ネルジーが代表してツアムに五十万リティ分の銀貨を差し出し、ツアムがそれを受け取った。


「ジメジメした洞窟には辟易したけど、結構楽しいクエストだったわね。こうしてお金も手に入ったことだし」


 スキーネが上機嫌に声を上げる。しかしツアムはため息をついた。


「報酬はもらったが、弾を使いすぎた。次の町へ行くまでに調達したいんだが、ここら辺で弾薬を売っているところはあるか?」


 ツアムに尋ねられたネルジーはおずおずと答えた。


「この村から一番近いといえば、昼間にお会いしたあの酒場町になります。あとはワンガホの街までありません」


「ワンガホは…たしかここから二十キロぐらい先だったな?」


「ええ」


「どうするかな…」


 ツアムは思慮深げな表情で髪をいた。


「昼間の町には、まだ例の酒癖の悪いギルダーたちが滞在しているかもしれません。もしかするとまた難癖をつけてくることも考えられます」


「ルッカの言う通り。まず間違いなくあたしに絡んでくるだろうな」


「なら、このままワンガホまで向かいましょうよ」


 スキーネが軽い調子で提案した。


「それでもいい。だがもし、道中で手強い亜獣に遭遇したら、残りの弾数からしてファヌーを守り切れるかどうか心許こころもとない」


「なら、俺がお供しよう!」

 

 家の入口から力強い声が響いて若い男が入ってきた。歳は十五、六。赤褐色の髪を刈り上げた短髪で、目が大きく、自身に満ち溢れた表情をたたえ、大型のライフルを背負っている。ウサギ化の解かれたポピルだ。声で気付いたナナトがパッと顔を明るくした。


「ポピル! 洞窟を出てから見かけなかったけど今までどこにいたの?」


「野暮用でいろいろと動き回っていた。それよりも話の続きだ」


 ポピルはツアムの前まで歩いてくると、背負っていたライフルをツアムの前に置いた。


「もともと俺は、西の国アトラマスの出身だが、訳あってこの銃を手に入れるため、はるばるこのヤスピアまで一人で旅をしてきた。見ての通り銃は購入したので、これからヴァンドリアへ向かうつもりだ。ワンガホならちょうど同じ方向。用心棒として俺もついていこう」


 その様子を見ていたスキーネがライフルに目を留めた。


「まさかそれ…チャージ・ライフル?」


 ポピルがニヤリと笑ってスキーネを見やる。


「ご名答。かつて“持ち歩ける大砲”と呼ばれた、レバーアクション式のライフルだ」


 聞き覚えのない名前にルッカがスキーネに尋ねた。


「どんな銃なんですか?」


「その名の通り、威力を溜めて一気に放つことができる銃よ。凄い。ちょっと持たせて」


 スキーネが自分のライフルを肩に背負い直して、ポピルからライフルを手に取った。ツアムも少し驚いている様子だ。


「本物か?」


「もちろん。骨董屋で飾られてる美術品なんかじゃなく、現役バリバリの銃だ」


「お、重い。二十キロ近くあるんじゃないかしら。七ミリ口径よね? あ、これが“チャージ・クラスプ”ね?」


 スキーネがチャージ・ライフルの横面に付いている留め具に触れた。


「図鑑で見たことがある。この留め具を押さえながらレバーを引くと、弾薬だけが銃身に残されたまま空になった薬莢が出てくるんでしょう? 初めて見たわ。ちょっと感激。威力は何段階まで高められるの?」


「九段階だ。溜めるごとに威力は増大していく。珍しがるのも無理はない。今や滅多にお目にかかれなくなった銃だからな」


 鼻高々に自慢するポピルにツアムが疑いの目を向ける。


「だがこの銃は、あまりに威力が高すぎて力の強い獣人でさえ肩を外したり骨が折れたりする者が続出した代物だろう? 歴史の一部になっていったのはそれが理由のはずだ。お前の体じゃこれは使いこなせないんじゃないか」


 真顔になったポピルが頷いた。


「さすがはツアムの姐御あねご。察しの通り、俺にはまだ反動が強すぎてチャージ3までしか撃てないんだ。4以降は命中率が極端に下がって十メートル先の的も覚束おぼつかない。だが俺は必ずやこの銃を使いこなしてみせる。俺も連れて行ってくれ。威力だけなら手持ちできる銃の中でトップクラスだ。弾だって火炎弾だけだが五十発以上持ってる」


「どうするスキーネ?」


 ツアムはスキーネに向かって顔を向けた。賛成でも反対でもどっちでもいいというこのツアムの態度は、即ちポピルが自分たちにとって危険人物ではないと判断によるものだ。


「一つ聞くわ、ポピル」

 スキーネがライフルを返しながら尋ねた。


「ヴァンドリアまで行って何をするつもりなの?」


「英雄、シオデンに弟子入りするんだ!」


「シオデン様に?」


 思わずツアムとスキーネが顔を見合わせた。ポピルが続ける。


「そうだ。ヴァンドリア国の英雄シオデンといえば十年前の五国戦争で名を上げた軍人。その武勲と強さは国内のみならず、戦火を交えた四つの国全てに轟き、今なお恐れられている地域もある。男が憧れる男といったらあの人しかいない。俺も、英雄になりたんだ」


「気持ちわかるけどねえ」


 スキーネが困った様子で腕を組んだ。見ると、ツアムもルッカも渋い表情をしている。


「どう思う? ルッカ?」


「望みは薄いでしょう。あの方は、弟子をお取りになる人ではありませんから」


 今度はポピルが驚く番だった。

「ちょっと待ってくれ! も、もしかしてあなた方は…英雄シオデンに会ったことがあるのか?」


「ええ。ヴァンドリアの式典で、何回も。そこにいるルッカとツアねえもシオデン様のお屋敷に招かれて食事をしたことだってあるわ」


「本当か! 君は一体?」


「私の父は、ヴァンドリアで防衛大臣を務めているの。国防に携わる仕事がら、軍人幹部であるシオデン様とはよく会議などで意見を交わされているわ。その過程で私ともお見知りおきになったのよ」


 ポピルはスキーネへ近づくと、両手を取った。


「お願いだ。スキーネ嬢。ぜひとも一緒にヴァンドリアへ行き、英雄シオデンの弟子になれるよう口添えを頼みたい」


「でもねえ」


「後生だ! むろん、ヴァンドリアへ行く間はこのポピル、身命を賭してあなたをお守りするし、代金だって一リティも要らない。頼む!」


「うーん…まあそこまで言うのなら」


「ありがたい!」


「でもねポピル、これだけは言っておくわ。シオデン様は我が国ヴァンドリアにおいて名を知らぬ者はいない偉大なお方。今のあなたのようにシオデン様に憧れて、直に薫陶くんとうを受けたいと申し入れた人はこれまで何人もいたの。けどシオデン様が師事しじを許したのは一人も知らない。私が約束できるのは、あなたをシオデン様に紹介することだけよ。たとえあなたが弟子入りを断れても、私の力の及ぶところではないからそれは承知しておいて」


「もちろんだ。会わせてさえくれればあとは俺が説得してみせる!」


 ありがとう、ありがとう、と何度もポピルはスキーネに礼を言うのだった。


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