解呪法
ウサギ化した呪いの解呪法は、地底湖の水を全身に被る、というものだった。
地底湖に湛えられた水の量は豊富にあるため、とても簡単な解呪法だ。さらに一度解呪してヒトの姿へと戻った者は二度と同じ呪いが効かなくなる、ともアンバオが白状する。というのも、アンバオとヒュワラー自身もウサギになる呪いの影響を受けことになる為、簡易な解呪法を設定したのだという。
身を切るような冷たい水を浴びることで、ウサギたちはみるみるうちに人間の男に変化した。呪いの解かれた男たちは一糸まとわぬ素っ裸となるので、スキーネとルッカを大いに慌てさせたが、幸い怪我を負っている者は誰一人おらず、命に別条がない範囲で衰弱しているだけだとわかった。
ツアムとナナトは村人たちの解呪をスキーネたちに任せると、両手を縛って拘束したアンバオを連れて呪根のある場所へと案内させた。すっかり観念したアンバオは地底湖すぐ近く、ちょうどナナトとルッカが入ってきた入口から正反対の位置にある洞窟の部屋へと二人を連れていく。
「ここが呪根の結界場だ」
部屋の中には、リヤカー三台分ほどのトパーズの原石がうず高く積もれてあり、そのトパーズを囲むようにして六本の棒が地面から垂直に立てられ、その六本の棒同士を六重した紐が巻かれてある。紐からはさらに数式や読めない文章が書かれた紙の札が何枚もぶら下げられていた。さしずめ、ツルからいくつも下がっている葡萄のように。
「あの棒の中にあるトパーズが呪根なんだな?」
ツアムが訊くと、アンバオは「そうだ」とうなだれた。ナナトが近づいてよく観察してみると、山盛りの一番上に置かれてある黄色いトパーズが少しずつ霧状に空中へ舞い上がっている。まるで火を起こした薪が火の粉とともに燃え削られているようだ。
「ツアムさん見て。宝石が少しずつすり減っている」
「ウサギの呪いの素だな。なぜ他の鉱石を呪根にしなかったんだ?」
「今この洞窟内にある量じゃとても足りなかったからだ。トパーズだけが呪いに足る量だった」
「今見えている量だけで、何日分の呪いになる?」
「せいぜい三日といったところだろう」
ナナトが驚いて聞き返した。
「え、この量がたった三日でなくなっちゃうの?」
「これでもやむなく遅くした。本当はウサギの呪いを男女全年齢にかけようとしたんたが、呪いの対象をそこまで広げるとトパーズの減少する速度が今より十倍以上に跳ね上がる。あの男は…ヒュワラーはそれを拒否したんだ。仕方なく呪いの対象を狭めたのが今だ」
「なるほど」
ツアムが腕を組んで言った。
「坑道内へ下りたもの全員がウサギに変化してしまえばお手上げだったな。呪いを解くためには最下層の地底湖まで行かなきゃならないが、とても石鼠の大群を突破できない。欲張ったのが致命的だったな」
アンバオはツアムに嘆願する。
「頼む。俺を見逃してくれ!」
「それを決めるのは地上の人たちだ。あたしの仕事は坑道内の村人を助けること。ナナト、念のために結界内にあるトパーズを全部外へ出してしまおう。呪根をなくしてしまえば呪いの効力もなくなる。そうだな?」
ツアムが確認すると、アンバオは小さく頷いた。
ツアムとナナトは、アンバオが逃げないよう部屋の奥で座らせてから結界を形作っている紐をナイフで切り、近くに落ちていたスコップで中のトパーズを棒の外へとかき出した。ナナトは呪いの効果が解かれる瞬間、火花が散ったり、六重の紐から吊り下げられた紙札が光ったりするといった何らかの反応があるんじゃないかと期待したのだが、拍子抜けするほど何も起こらなかった。ごく普通に床に積もられていた原石を他の場所に移動させただけだ。五分とかからずに結界内のトパーズは一つもなくなり、ツアムが腰を上げてスコップを横に置いた。
「これでいい」
「もし後からこの中にトパーズを入れたらどうなるの?」
ナナトがツアムに尋ねると、アンバオが答えた。
「無意味だ。一度呪根が切れてしまえば呪いの持続も永久的に止まる。再開するにはもう一度呪いをかけ直さなければならない」
「だそうだ。さあ、地上へ上がろう」
ツアムが手で髪を梳いた。
ツアムたちが坑道に入ってから一時間半後には、男たち全員と、二人の泥棒たちを引き連れて入口に戻り、村人は無事と三日ぶりの再会に喜んだ。
「この二人はどうする?」
ツアムはロープで両腕を後ろに縛られたヒュワラーとアンバオを村長の奥方である老婆の前へと引き出した。
「皆を命の危機に陥れた罰じゃ。家と財産を没収したうえで憲兵に引き渡そう。事情を説明すれば、おそらく十年は牢獄に入ることになるじゃろうて」
「お、俺はこいつに唆されただけだ!」
黙っていたアンバオが声を張り上げる。
「言う通りに呪いを作れば一生遊べる金をやるから協力しろって。ウサギになった奴らを籠に閉じ込めて鼠たちから守ろうと提案したのも俺だった! この男は、鼠に食い殺されたっていいじゃないかと言っていたんだ! 悪いのは全部こいつだ! 頼む! 俺を見逃してくれ!」
すると横にいたヒュワラーは目を剥いた。
「貴様っ! デタラメ言うな! お前こそギャンブル狂いで金に困っていたから俺の誘いを二つ返事で了承したじゃないか! お前が協力しないと断っていれば俺だってこんな計画は立てられなかった! 呪いを作り、実行したのは全てこいつだ! 悪いのはこいつの方だ!」
「なんだと! お前…」
両腕を後ろで縛られているため、ヒュワラーとアンバオが互いに頭突きをするように頭を突き合わせ、それを見苦しいと言わんばかりの表情でツアムが仲裁した。
「同罪じゃ」
村長の奥方が冷厳に告げる。
「二人ともに、この事態を引き起こすまで何度も立ち止まる機会はあったじゃろう。しかしお主らは止まらなかった。村の仲間が命の危機に陥るとわかっていながら、自分が楽をしたいという欲を選んだ。ワシらから見ればお主らが犯した罪にそう違いはない」
老婆の蔑みの目を向けられた泥棒二人は、力なくうなだれた。




