呪われたウサギ
「村が見えました。あそこです」
先頭のネルジーが指差した場所に、森の中に開けた場所が現れた。木と藁でできた家が並ぶ二百人規模の村だ。
ツアムたちはネルジーの家の前にファヌーと幌馬車を停めると、その足で村長の家へと向かった。
「ひとまずウサギになって戻ってきたというギルダーから情報が欲しい」
とのツアムの要望により、今ウサギのギルダーを置いている村長宅へと足を運ぶことにしたのだ。
道中、なにやら高い屋根付きの櫓の周囲に数十人の村人が取り囲むようにして立っているのが目に入った。お年寄りや子供の男もいるものの、人だかりの大半がネルジーと同じ民族衣装を身にまとった女性である。
「あそこが坑道への入り口です。……みんな、何やってるんだろう?」
ネルジーが気になった様子で人だかりのほうへ近づいていった。ツアムたちも後を付いていく。
櫓の下には、まるで井戸のような直径三メートルの穴が掘られてあり、はしご上の木でできた足場が真っ暗な穴の下へと続いている。
「マーサ、一体どうしたの?」
ネルジーが一番外側に立っていた女性に声をかけた。マーサと呼ばれた四十代の女性が振り返る。
「あ、ネルジー! いやね、例のウサギになって戻ってきたギルダーが坑道へ入っちゃったのよ!」
「え! でも姿はウサギのままなんでしょう? そんな状態で中へ入っても石鼠の餌になるだけじゃない?」
「そうだよ。だからみんなして入るのを止めようとしたんだけどこれが聞かないんだ」
「しーっ! 何か聞こえる!」
坑道の入り口に最も近い場所に立っていた村人が叫んだ。全員が水を打ったように静まり返ると、確かに穴の奥底から必死な掛け声が反響してくる。
「うおりゃ! ぜあ! とりゃ!」
やがて聞こえてくる声が大きくなり、井戸のように掘られた縦穴からウサギが顔と片腕を出した。今の今まで格闘していたようで顔の至るところに擦り傷があり、肩で息をしている。
「へ、へへ…一匹…仕留めたぜ…」
ウサギは崩れ落ちるようにして穴の外へと這い出てきてすぐに気を失った。そしてもう片方の腕には、ウサギよりほんの少しばかり小さい灰色の鼠が昏倒した状態でしっぽを掴まれていた。
♢♢♢♢
村長の家。
呪いによってウサギと化したギルダーの手当てを施し、仰向けにして毛布を掛けたはネルジーだ。ツアムがその様子を見ながらため息をつく。
「つまり、ウサギの姿で石鼠の大群と乱闘してきたわけか。命があるのは不思議だな。勇敢というかバカというか」
「バカよ」
「バカですね」
スキーネとルッカが即答した。
ツアムたちの前に座っていた村長の妻である老婆も困惑気味で言う。
「一刻も早く夫達を助け出したいと頼みはしたが、こうなると大人しくしくれたほうがこっちも助かるんじゃがの」
老婆はツアムたちの前に坑道内の地図を差し出した。
「これが内部になりまする」
坑道内の穴は、地下四層に分けられた大道の他に、小さな掘り部屋へと続く小道がいくつも張り巡らされた迷路のような様相になっていた。さながら蟻の巣の断面を見ているようだ。
「想像してたよりずっと広い。これら全て手で掘ったのですか?」
「全部ではないのじゃ。掘り進めるうちに何度か地下の空洞に出くわしてな。おそらくは昔流れていたマグマの溜まり場が地面に埋もれ、長い年月を経て風化し、空洞になったものじゃと思う。村の男らがやったことといえば穴から穴へ道をつなげたことぐらいじゃ」
「穴の直径は?」
「大きいところで上二メートル、幅一メートルといったところか。場所によっては這いつくばって進まねばならん道もあるじゃろうが、細かなところは実際に入って作業していた男たち以外知らんのじゃ」
「明かりはどうなっているんです?」
「坑道内にランプが一定の間隔で取り付けられておる。じゃが蝋が尽きているかもしれん」
「最後です。もしウサギになった男たちが閉じ込められているとしたら、どこか見当はつきますか?」
「おそらくは…ここ」
老婆は地下四層。入り口から最も遠く、深い場所を指差した。
「ここが最も広い場所であると同時に地底湖もある。わし自身見たことはないが、飲み水には事欠かん量があると聞いた」
「ここ、か」
ツアムはしばらく地図を見つめて思案すると、顔を上げて老婆を見た。
「この地図を人数分お借りしたいのですが用意してもらえますか?」
「四人分じゃな。あるぞよ」
「五人分、だ」
若い声がした方向を一斉に見る。するとさきほど手当てを受けて寝かされたウサギが片目を開けて上体を起こした。
「俺も行く」
ツアムがかぶりを振った。
「無理するな。傷が開くぞ」
「ご心配ありがとう。だがこんなかすり傷、歩いているうちに治る」
「その姿で何ができるんだ?」
「キック」
ウサギは右脚をブラブラと揺らせて見せる。そしてツアムたちに向き直った。
「自己紹介しよう。俺はポピ…」
言いかけて、ウサギの目がスキーネに留まった。ウサギの顔をまじまじと見たことがない人間でもわかるほど、雷にでも打たれたような驚愕の表情をしている。スキーネは自分を注視してくるウサギが誰か知り合いなのかと思い、目をパチクリさせた。
「…美しい」
脱兎のごとく駆け出したウサギはスキーネに近寄って手を取った。
「あなたのような美しい女性を見るは初めてだ。俺の名はポピル・トラスバレン。今はまだ一介のギルダーに過ぎないが、ゆくゆくは英雄と呼ばれる偉業を成し遂げて見せるゆえ、ぜひ名前を覚えていただきたい」
ポピルと名乗ったウサギはスキーネの手の甲に口づけする。スキーネは困惑しながら自分も名乗った。
「覚えておきますわ、ポピル。私はスキーネと申します」
「私はルッカ」
「僕はナナト」
「…ツアムだ」
ウサギ・ポピルは四人の前で軽くお辞儀した。
「会えて光栄だ。しかし女性ばかりのパーティで危険な坑道を進ませては男として恥の極み。俺も一緒に行かせてくれ。駄目だと言われても後ろからついていく」
ウサギ・ポピルは凛とした輝きの眼差しをスキーネに向け、スキーネはどうしよう、とツアムに目で訊いた。
「いいだろう。あたし達を先導してくれ」
「心得た!」
ポピルは勇んだ様子で目の前にいるスキーネに意気込みを語り始めた。ナナトはツアムの袖口を引っ張りながら囁き声で尋ねる。
「本当にいいの? ツアムさん?」
ツアムはケープの下から鏡のように白く輝く愛銃を取り出して言った。
「ああ。囮ぐらいには使えるだろうしな」