男が消えた村
ナナト、ツアム、スキーネ、ルッカの四人は、村の食堂に入って奥のテーブルへ二人ずつ別れて座る。その両方を見れる真ん中の位置に腰を下ろした民族衣装の若い女性はネルジーと名乗った。
「話を聞かせてくれ」
ツアムが促すと、ネルジーはコクンと頷いて喋り始める。
「あたしは、ここから西へ七キロ進んだ先にあるホア村に住んでいます。話の発端は四年前、村のある家の下から偶然掘り出された宝石からでした。とても輝度が高く、胡桃ほどもある大きさをしたトバーズの原石です。その家の下をさらに掘ってみたところ、そこには鉱床があると分かりました。あたしたち村の人間はこれを天佑だと考えて、村の下を張り巡らせるように坑道を掘り、トバーズを採っていきました。見る見るうちに各家の宝石箱は埋まって、あたし達は冬でも安定して温かい食事にありつけるようになりました」
ネルジーは一旦切る。
「ですが一年前ほどから徐々に取れるトバーズが少なくなってきました。直に全ての原石が掘りつくされるだろうと皆が言うようになった頃、最初にトバーズを掘り出した家の住人が突然残りの宝石を独占すると言い出したのです。そもそも最初にトバーズを見つけたのは自分なのだから、少なくなった残りは全て自分のものでいいだろうという主張です。村の大人は反対しました。すでに坑道はその家の下だけでなく村中を通るようになっていましたし、何より坑道自体、村の人間が手にマメを作りながら一生懸命に掘ったものだったからです。住人の言い分は独りよがりで、そのうち誰も相手にしなくなりました」
「それはそうよね」
スキーネが相槌を打つ。
「三日前のことです。坑道に入った男たちが急に一人として地下から出てこなくなりました。落盤事故でもあったのだろうかと、救助のため男が入るとその人たちも出てこない。唯一、坑道から帰ってこれたのは、当時十四歳だった少年だけでした」
「一人だけ?」
「はい。その子供は気が付いたら自分一人だけ洞窟に残されていたので不安になって帰ってきたというのです。もちろん夫や恋人の身を心配して村の女も坑道へ入ろうとしましたが、いつの間にか大量の石鼠が坑道を住処としていて、入ってくる人間に襲い掛かってくるようになったので、とても奥まで辿り着けません」
「石鼠?」
ナナトがツアムに顔を向けると、すぐに答えが返ってきた。
「山岳地帯や洞窟に生息する大型の鼠だ。少数であれば比較的大人しいんだが、数が増えると好戦的になって大型の獣さえ襲うようになる」
「きっと野生のものが暖かいねぐらを求めて自然と集まったんだと思いました。そこで流れ者のギルダーを一人雇って、坑道から帰ってきた少年を道案内にその二人で坑道内を見に行ってもらいに行ったのです。そしたら…」
ネルジーは一度俯き、続ける。
「二人とも、ウサギの姿になって坑道から戻ってきました」
ウサギ?
最初、ナナトは何か自分が聞き間違えたのかと思った。しかし横にいたツアムは真面目な顔で呟く。
「なるほど。それで呪いか…」
ルッカも話を継ぐ。
「呪い場ですね。おそらく範囲は坑道全体。呪術師の仕業です」
そしてスキーネも。
「問題は呪根が何かよ。当然鉱物を使っているんでしょうけど、量が分からないとなると厄介ね」
話についていけず、ナナトは会話の間を縫って質問した。
「ねえ、呪いって何?」
全員の視線が一斉に自分に注がれるのを感じる。こういうとき、決まって最初に口を開いて教えてくれるのはスキーネだ。
「あなた呪いも知らないの? どんな辺境に住んでたのよ?」
「う…東のトルカだけど…」
スキーネがやれやれといった表情で説明する。
「いい? 呪いっていうのは呪術師と呼ばれるまじないの修行を極めた人が使う見えない力のことよ。今回のケースで言えば、坑道に入った男たちをウサギに変えてしまう力のことなの」
「呪いが発動する場所を呪い場といって、私が言った坑道全体というのは、つまり坑道内全てがウサギの呪いにかけられているということです。おそらく該当者が一歩でも入れば呪いを受けるのでしょう」
「ただし呪いにはその力の素となる材料が必要になる。焚き火をおこすのに薪が必要なようにな。呪術師が決めた素材のことを呪根と呼ぶんだ。一般的には鉱物であったり蒸留水であったりするんだが、呪いの効果が発揮されている間、それらの呪根は少しずつ減少していく。呪いを解くにはこの呪根が消失するまで待つか、あるいは呪術師自らが作った解呪法を実施しない限り決して消えることはない」
ルッカ、ツアムが順を追って補足してくれる。ナナトがもう一つツアムに尋ねた。
「もしその呪術師が、解呪法を作っていなかったらどうなるの?」
「それは最悪のケースだな。一度発動した呪いを解く方法はないんだ。この件の場合、ウサギへ変化した者は呪根が消えるまでの間、人間の姿に戻れない。呪根の量によってはひと月か一年か一生か」