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仲間

 狭い村の中で生まれ育ったナナトにとって、故国とはあまり意識したことのない大きな存在だった。だがそれでも自分の生まれた国がなくなってしまうと考えると胸が打たれる。きっとポピルは落ち込むだろう。あるいは激怒するかもしれない。打ちのめされたポピルになんて言葉をかけようかと悩んでいると、意外なほど素気ない返事がきた。


「そうか」


 予想外の言葉にツアムも驚いたらしい。


「驚かないのか?」


「正直なところ、こうなる予感はしていた」


 ポピルが訥々(とつとつ)と語る。


「村を焼かれた俺と弟が…ヴァンドリアの親戚に預けられることになったとき、俺たちはアトラマスの首都を通ったんだ。そこで俺は憲兵団にベネアードたちの襲撃の様子を詳しく伝えようとした。だが憲兵団は…誰一人真剣に取り合わなかった。ベネアードたちのことを辺境の盗賊集団と過小評価していたみたいだ。実際に奴らの暴風雨のような勢いを間近で見た俺からすれば、他人事のように同情してくる憲兵たちが果たしてベネアードに打ち勝てるのかと不安になった」


「不安が的中してしまったな」


 ツアムが説明を続ける。


「タズーロが出て三つの国へ向かうルートのうち、ウスターノ経由を選んだのはこの森があるためだ。他二つは広大な荒野が続くんで背後からの襲撃が危険すぎる。ポピル、お前とスキーネは行きがかり上、ベネアード一派の幹部の一人を倒したことでマフィアに目を付けられたんだ。さらに今朝の号外を受ければマフィアはますますお前たちを利用価値があると考えて捜索に躍起になるだろう。それであたしは一番の安全ルートを取った」


「そういうことか…それならよかった」


 ポピルが安堵した様子を見せてから言った。


姐御あねごが辛い話になると言ったもんだから、てっきりここにいる誰かが重症を負ったのかと思ったよ。今の俺にとって一番辛い話は、仲間が傷つくことだ」


 ポピル以外の全員がその言葉を聞いて黙った。秋風が木立の間を通り抜ける。


「ポピル…」


 スキーネが微笑を浮かべた。


「安心しろ。今一番の重傷者はお前だ」


 ツアムも少し表情を和らげ、ポピルの額に手を当てる。


「熱はかなり下がったな。万が一のときに備えてすぐに逃げられるよう、今夜は馬車の中で眠るといい。みんなも食事を取ったら早めに休むんだ。明日は早いぞ」

 

 大豆クッキーと水という簡単な食事を済ませた五人は、女性三人とナナト一人の二組に別れ、それぞれ設営した三角錐型のテントの中に入った。雨が降りそうな天気の場合や、ハンモックを吊るす場所がないとき、あるいは今夜のように明かりが使えない場合に使用するこの簡易テントは、本来ならナナトとポピルの男同士が使うのだが、今日のポピルの就寝場所はほろ馬車の中だ。ポピルは食欲が戻ったらしく、食べ応えのある分厚いクッキーを十枚も食べたので、きっと回復も早いだろう。


 ポピルがいないため広いテントに寝そべったナナトは、仰向けの状態でテントの入口から覗く月を見上げる。ナナトは肩腕を持ち上げて天空に浮かぶ月を掴み取ろうと手を動かした。当然、手の平には空気しか入ってこない。


 じいちゃん、羊にやる水をちゃんと代えているかな。


 父さんと母さんはどこにいるんだろう? もしかして今の僕と同じように月を見上げているのかな。


 祖父と別れ、村を出てからいろいろあったが、いい人たちに恵まれてひとまずここまで無事に辿り着けた。これから先どんなことが待ち受けているのかわからないが、不思議とナナトの心には一抹の不安もわいてこない。根拠はないが、みんながいれば、何があっても乗り越えていける気がする。


 月と星、そして夜空の雲の様子から明日は晴れると確信したナナトは、腕を下ろして静かに瞼を閉じた。


                                         一章、了

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