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進路

 ツアムとナナトはその場でディーノたちと惜別の情を込めた挨拶をし、馬に乗って馬繋場ばけいじょうから出て行くディーノたちを見送った。


 ディーノは最後に振り返ってナナトを見つめる。


 心優しいあの子が、旅の先で父親とどんな再開を果たすのか見当もつかないが、旅の安全を心から祈った。それ以外できることがなかった。


「ナナト、何かあったのか?」


 ツアムは宿の階段を上がりながら先を歩くナナトの背中に尋ねる。


「何もないよ。どうして?」


「いや、朝より表情が固いような気がしてな。あたしの勘違いならいいんだ」


 ツアムはそれ以上追及しなかった。


 宿泊室へと戻ると、病床に臥しているポピルを尻目に、ナナトたち四人は椅子に座って長机の上に地図を広げ覗き込んだ。


「ここ、タズーロから出るとすぐ三叉路がある」


 ツアムが地図上を指で差しながら解説した。


「簡単に言えば、なかの国ヴァンドリアへ向かうルート、南の国カドキアへ向かうルート、北の国ウスターノへ向かうルートだ。あたしとしてはベネアード一派と危険な接点を持ってしまった以上、スキーネの家出旅行を中止して一刻も早くヴァンドリアに帰還したい。だが問題はこの広い荒野だ」


 ツアムが顔を見上げて三人を見た。


「ヴァンドリアか、もしくはカドキアへ向かうルートを選択した場合、おおよそ五十キロに及ぶ荒野を進まなければならなくなる。順調にいけばヴァンドリアには三日、カドキアの首都へは一週間となる旅路だ」


「強い亜獣でもいるの?」


 ナナトが質問する。


「多少、いる。だがそれより厄介なのはあたしたちの後を追ってくる輩がいた場合、どうしても戦闘が避けられなくなるということだ。遮蔽物になるようなものがない、だだっ広い荒野の真ん中でマフィアの手下に大勢囲まれてしまえばまず勝ち目はない」


「となると、残りは北の国ウスターノへ行くルートね?」


 スキーネの問いにツアムは首肯する。


「そうだ。ウスターノ経由でヴァンドリアへ帰る。といってもしばらくはまだヤスピア領が続くんだが、こっちのルートは深い山と森になっているんだ。荒野を進む道に比べれば逃げやすく、きやすく、万が一の場合は戦いやすい。ヴァンドリアへの帰還は早くても二週間と最長となってしまうが、現状を考えると一番安全な道だ。あたしはこのルートを推したい」


「いいじゃない。そのルートで帰りましょうよ。私はまだこのメンバーで旅を続けたいわ」


 スキーネが無邪気に言う隣で、ルッカが口を開いた。


「ですがそのルートを取った場合、ヤスピア領を出ればヲルシャ砂漠を横断することになります。砂漠越えは少々過酷ですよ?」


「マフィアの襲撃に遭うよりはマシだろう」


 ツアムに言われてルッカは身を引きながら腕を組み、考え込んだ。ナナトが誰ともなく口を開く。


「僕も北のルートへ行きたいな。僕の目的地はウスターノのサナバリーだから」


 ツアムが納得するように小さく頷いた。


「ナナトならそう言うと思った。ただし、サナバリーは入国する場所から正反対の北西地にある。もし行くとなればまだ旅は長いぞ」


「うん、わかってる。それにしても砂漠って北の国ウスターノ領だったんだね。僕、雪と氷の大地って聞いていたよ」


「人が定住できるところなると北部に限定されるんです。地図上はウスターノの領土ということになっていますが、実際には砂漠に住む人はとても少なく、ただ岩と砂があるだけです」


 説明したルッカがツアムに向き直った。


「私としては直接ヴァンドリアへ帰るルートを取りたいのですが、ほろ馬車を捨てて馬を駆ければなんとかなりませんか?」


「かなりの賭けだな。馬を走らせる旅となると速度が上がる代わりに持てる弾や食料が限定される。それにそこのベッドで寝ているポピルにとっては体調が戻るまで辛い旅路になるぞ」


「私が補助します。ツアム様が先ほどおっしゃったように、一刻も早くヴァンドリアへ帰還してスキーネ様の安全を確保したいのですが」


「馬はどうやって手に入れる? この街で買うのはリスクじゃないか?」


 ツアムとルッカの相談が始まり、話についていけなくなったナナトとスキーネは顔を上げてお互いを見やる。


 するとそこへ、窓の外から鈴の音が聞こえてきた。はじめは遠い位置から鳴っていたのが、段々と近付いてくる。


「何かしら?」


 スキーネが立ち上がって窓へ近付いていく。


「待てスキーネ、顔を見られたくない。あたしが行くよ」


 ツアムが立ち上がってスキーネを追い越し、部屋の窓を開けた。


 開けた途端、外の通りから人の喧騒が飛び込んでくる。火事でもあったのか、どの人も動揺し、ざわめいていた。


「号外! 号外! アトラマスでベネアード一派がドルツェガイム城を落城! 号外! 号外!」


 通りの中央で猿の獣人が鈴の音を鳴らして叫びながら四方へ紙をばら撒いていた。号外紙を拾った往来人が青ざめた表情で口々に隣にいる人間になにやら囁いている。猿の獣人はツアムの宿屋の前も駆け抜け、ツアムは風に流れてきた号外紙を手で掴むとすぐさま中を読む。五秒ほど黙って読んでいたツアムが急に厳しい口調で言った。


「三人とも、急いで荷物をまとめるんだ。すぐにここを発つ。ルートは北のウスターノ経由で帰還する」


 スキーネが不安な様子で訊いた。


「ツアねえ、何があったの?」


「ドルツェガイム城がベネアード一派に落とされた。リシカルフ国王と家族は逃げ出したが、途中で一派に捕まったらしい。安否は不明だそうだ」


 一瞬の間を置いて、スキーネとルッカが荷造りに動き出した。二人とも真剣な表情で迅速に手を動かす。ツアムの言っている言葉がほとんど理解できなかったナナトがツアムに尋ねた。


「何があったの?」


 再度、号外紙に目を落としていたツアムがナナトを見据えて言った。


「戦争はベネアードが勝った。西の国アトラマスは、事実上、崩壊したんだ」


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