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旅の目的

 ツアムたちが宿泊している宿近くの馬繋場ばけいじょうでは、ナナトとディーノが向かい合って握手をしているところだった。


 外では同じく解放された奴隷たち三人が馬に乗って待機している。髭を剃り、十分な食事と睡眠、そして平服を着たディーノの目には輝きに満ち溢れ、まるで四、五歳は若返ったかのようだった。


「君たちにはいくら感謝してもしきれない。馬まで揃えてもらったうえに路銀まで貰うなんて」


 ディーノは服の上から賃金の入った袋を触りながら言った。


「本当にありがとう。まさかこんな日が来るとは…生まれ変わった気分だ」


「みんな自由になれて良かった」


 ナナトも笑顔で答えた。


「ウスターノへは帰らないの?」


「ああ。仲間の一人がこのヤスピア出身の農家で、そこへ来ないかと誘われているんだ。俺には故郷に家族はいない。だからこそ人攫ひとさらいに狙われたんだろうが、未練など何もないよ。もう二度とあの地を踏みたくないぐらいだ」


「そうなんだ…」


 ナナトは一度目を伏せてからディーノに尋ねた。


「あの、サナバリーのことなんだけど…」


「ああ、そういえば訊きたいことあると言っていたな。何でも訊いてくれ。俺に答えられることならいいんだが」


「ウォネフっていう名前は聞いたことある?」


「ウォネフ!」


 途端にディーノが怒り拳を突き上げた。


「覚えているともっ! いや忘れるものか! 俺にとってはモネアと変わらないほど憎い男だ。ウォネフはサナバリーで奴隷を取り仕切っている奴で、あいつが大量の奴隷を家畜のように選別して値を付けているんだ。モネアが旅の奴隷を見繕うときに俺を推薦したのもそいつだし、首の後ろの焼き印を押すよう指示したのもそいつだ。人をモノのように扱うあの目は生涯忘れないだろう! それで、ウォネフがどうかしたのか?」


「父なんだ」


「……え」


「ウォネフ・スフィンドウは、僕の実の父なんだ」


 ディーノは絶句した。言葉が口から出てこないどころか、頭の中に何も浮かんできさえしない。ナナトは落ち込んだ様子で語り出した。


「僕はここからずっと東のトルカって村に住んでいたんだけど、父さんと母さんは五国戦争が終結してしばらくしてから出稼ぎのために村を出たんだ。僕に質の高い教育を受けさせたくて、そのお金を得るためだって言っていた。僕は父さんたちが出かけてからじいちゃんと二人で暮らしていたんだけど、半年ぐらいして、父さんと母さんが人攫ひとさらいに捕まったって噂が届いたんだ。僕もじいちゃんもすごく心配した。思いつく限りの手を尽くして探そうとしたんだけど、どうしても行方が掴めなかったんだ。僕は探しに行きたかったけどまだ歳が幼いし、じいちゃんも戦争で脚を怪我して長旅はできない。でもそれからもう半年ぐらいして、村に来る行商人の獣人からあることを聞いたんだ。父さんがウスターノのサナバリーで奴隷を売りつけてお金儲けしているって話だよ」


 ナナトはそこで一息をついた。ディーノは何も言わずに続きを待つ。


「じいちゃんはすごく怒った。あんなに怒っているのを見たことがないぐらい。じいちゃんは奴隷を扱う人が大嫌いなんだ。もともと自分が働き者で、仕事を怠ける奴は食う資格がないっていつも言っているし、戦争で獣人ばかり酷い仕事を任されていたのが許せなかったんだって。僕はじいちゃんを長いこと説得して父さんたちを連れて帰る旅に出ることに決めた。旅の途中、何度かギルドの情報板じょうほうばんで父さんの名前が載っていないか見ていたけどここまで手がかりは一つも掴めなかったんだ…。ディーノさん、マケリーって名前に聞き覚えはない? 僕の母さんの名前。母さんも父さんと一緒に人攫ひとさらいに遭ったって聞いてから行方が全くわからないんだ」


「い、いや…知らないな…しかし…」


 本当にウォネフが父親なのか、と訊こうとしてディーノは言葉を止めた。言われてみれば眉や口の形にどこかあの男と面影がある。だが性格は似ても似つかない。奴隷の身分である自分へ親身に力となってくれたこの幼気いたいけな子供が、本当にあの非道な奴隷商人の息子なのか。


 ナナトは悲しそうな表情をしながらディーノを見上げた。


「お願い、ディーノさん。このことは他の誰にも言わないで。特にその…ツアムさんたちには」


「あ、ああ…」


 ナナトが旅の仲間に隠したがる理由にも頷けた。北の国ウスターノ以外で奴隷を使った商売はひどく外聞が悪いと聞いている。現にここ、西の国ヤスピアでは奴隷の売買及び使役は禁じられ、違反者には禁固刑に処されるほどだ。


「ナナト?」


 そのとき、ナナトの後ろからツアムの声がして振り返った。


「そろそろいいか? 次の進路について相談したいんだ」


「う、うん今行くよ」


 ナナトは精一杯取り繕った。


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