戦いの翌日
モネアがダーチャを訪れた翌日。
ダーチャは葉巻を咥えながら自室のバルコニーから降り注ぐ日差しを見上げていた。トンビが街の上空を旋回し、影を落としている。ダーチャの自室には五人の手下たちが直立不動で並び、長机の上には昨日モネアが手付金として持ってきた金貨の入った箱が置かれていた。そこへヌスタがドアをノックして入ってくる。
「失礼します! お頭!」
呼ばれてダーチャはベランダから部屋へと入った。
「モネアの死体は見つけたか?」
「いいえ。ですが二十キロ下流の地点に大破した馬車を見つけました。それと近くにこれが…」
部下は頭を下げたまま両手で黒いものを差し出した。見覚えのあるものにダーチャは思わず唾を飲み込む。汚れきってはいるが、紛れもなくモネアが着ていた艶のあるフロックコートだ。
並んだ手下の一人が誰ともなく言った。
「橋から崖下まで二十メートル。獣人でも半獣人でもないただのヒトが落ちればまず即死だ。百歩譲って即死は免れてもあの濁流に飲まれて生還は不可能だ」
ダーチャも葉巻を取りながら首肯する。
「そうだな。盾使いのモネアは死んだとみて間違いない。が、念のためにまだ捜索は続けろ。今の最優先事項はそれだ」
「あのガキどもはどうしますか?」
ヌスタが上目遣いで尋ねると、ダーチャは不気味に笑ってみせた。
返り討ちに遭うであろうという予想を覆し、モネアを敗北に追い込んだあの二人の子供はいろいろと使い道がある。正直なところ、このままベネアードたちと裏で取引をすべきかどうかダーチャはまだ判断を下せずにいるが、仮に奴らの勢力がさらに拡大していく状況を今後見られれば、勝ち馬に乗るべくモネアを討った仇敵としてベネアード一派にガキを差し出して自分たちへの心証を良くすることができるし、単純にモネアを倒した腕を買ってうちの組織へ戦力として組み込むのもいい。二人のうちあの娘の方を人質に取りさえすれば、若造は思うままに動かせる駒となるだろう。
「探し出してここへ連れてこい。まだ使えるかもしれねえ」
♢♢♢♢♢
新市街。
太陽の映った輝く水たまりを踏みしめ、とある三階建ての宿屋に人相の悪い二人組の男が訪ねてきた。ロビーにいた受付係の羊の獣人男が男たちの正体を見極め、にこやかに対応する。
「本日はお日柄もよく。どうかされましたか?」
「宿泊客の中でこういうガキはいねえか?」
そう言って、男の一人が洋紙を見せた。羊の獣人が内容を読み上げながら渋面を作る。
「ヒト種。金髪に青目、十五歳前後の女性と同じ年頃の赤褐色の髪をした男性ですか…見かけてはいませんね。ライフルを持っているということはギルダーなのでしょうか?」
「たぶんな。見かけたらいつものところへ連絡くれ。報酬は弾むからよ」
「承知しました」
羊の獣人が慇懃に頭を下げる。
男たちが急ぎ足で宿から出て行ったところを確かめると、羊の獣人はスタッフの一人を呼びつけて受付係を交代し、自分は階段を上って三階のとある部屋の前へとやって来た。辺りに誰もいないことを確かめてから、静かに二回、ドアをノックする。ドアが十センチほど開き、扉の向こうからツアムが顔を覗かせた。
「今しがた二人の男がこれを持って訪ねてきました」
羊の獣人は短く告げてツアムに先ほどの洋紙を手渡す。
「旧市街を牛耳るダーチャの手の者です。まだ本腰を入れて探してはいないようですが、時間が経つにつれ匿うのは難しくなります。お早めに街から出ることをお勧め致します」
「ありがとう。ああ、これはもういい」
洋紙を読み終えたツアムが獣人に戻した。
「それとこれを」
ツアムが多めの駄賃を羊に獣人に手渡す。獣人はそれを受け取ってポケットに仕舞い込むと、左右を見渡して囁いた。
「保安署や憲兵隊に助けを求めることは控えた方がよろしいかと思います。この街では公然の秘密となっているのですが、どちらともダーチャから賄賂を受け取っている輩がいるのです。保護を求めた結果、ダーチャの部下に引き渡されてしまう可能性も十分あり得ます。街から出る際は抜け道をお教えしますのでご決断ください」