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橋の前の戦い5

 飛び掛かって殴ったポピルの一撃によってモネアは後方へ吹き飛ばされた。


 モネアから解放されたスキーネは素早くしゃがみ、先ほどモネアが地面に落とした盾を拾い上げる。


「ポピル、後ろに隠れて!」


 スキーネの言葉でポピルはスライディングしながら盾の裏へと回った。すぐさま森から部下たちの銃撃が二人を襲う。


「スキーネ! そのまま俺の銃の位置まで後退してくれ!」


「ええ!」


 片側から火を噴いて襲ってくる銃弾を盾で防ぎながら、二人は慎重にチャージ・ライフルの位置へと戻った。


「この……ガキが…」


 モネアは両膝を地面に突き、両手で顔を押さえた。眼鏡は割れ、鼻血が吹き出して、痛みが止まらない。鼻骨が折れたようだ。


 自分としたことが、若造の突飛な行動に気が動転して失態を演じてしまった。冷静に考えればダックフットピストルで向かってくる若造を始末してから腰に下げている別の銃を取り出す、あるいは人質に取っている娘を突き飛ばして二人まとめてピストルの餌食にするなど、回避する方法はいくらでもあったのに。


 ぬかるんだ地面から水がズボンに浸透してくる。一品もので身を固めた高級な衣服はすでに泥だらけだ。これほどの屈辱を味わうのはモネアにとって初めてのことだった。割れた眼鏡を通して前方に目の焦点を合わせると、ポピルたちは自分の可変式盾で森からの銃撃を防御しながらチャージ・ライフルをこちらへ向けてくる。


「くっ!」


 咄嗟にモネアは横転した馬車の裏へと走り、倒れ込んだ。近くの遮蔽物はこれだけだったのだ。一秒も間を置かずにポピルの撃ったライフルの弾が馬車に直撃する。馬車の中から何かが壊れた音がした。


「お前たちっ! すぐにそのガキを殺せ! 仕留めた奴には金貨五十枚をやるっ!」


 もはやモネアに余裕はなかった。垂れてくる鼻血を手で押さえながら部下に命令するので精一杯だ。腰に下げている銃で応戦しようにも眼鏡が割れた今の状態では正確な照準がままならない。


 モネアの命令に呼応するように、部下たちの射撃が激しさを増す。ポピルはチャージに2を溜めながら大声を叫んだ。


「モネア! 手下たちに攻撃を止めさせて投降しろ! そうすれば命まで取りはしない!」


「馬鹿を言うな! お前たち! 金貨八十枚だっ!」


 ポピルのライフルが火を噴いた。


 バーーン!


 またもや馬車に当たる。が、モネアが身を隠している中央ではなく端の部分だった。それでも黒漆喰の馬車は銃撃の勢いに押されてさらに崖へ寄る。投げされたモネアの脚のつま先は崖の淵へと到達した。横転した馬車と崖までは二メートルの距離しかない。モネアはその間に倒れて伏せている形だ。


「ポピル…腕が…痺れてきた…早く…」


 スキーネが固く目を閉じて顔をしかめた。両手で懸命に盾を押さえてはいるが、森から放たれる射撃の量は降り注ぐ雨とそう変わらない。


 自分たちが落命の瀬戸際にいることはポピルにもわかっていた。頭を伏せ、盾から体を出さないようにして再度大声を張る。


「モネアっ! 投降しろっ!」


 くだる気などモネアには毛頭なかった。自分が犯した罪を裁量すれば十回は絞首刑になる。


「百枚だっ! 金貨百枚っ!」


 バーーン! 


 ポピルの放った弾は馬車から狙いが逸れ、馬車のすぐ近くの地面へと当たった。

 モネアが安堵して笑みを浮かべる。


 ポピルがもう一度と撃とうとチャージしたそのとき。突然大きな音がして馬車が動きだした。今しがた地面に撃ち込んだポピルの一撃がキッカケとなったのか、その穿った穴から崖側に対して大きく地面が動き出す。地滑りだ。


 モネアの小さな悲鳴が聞こえたかと思うと、馬車は削れた地面ごと崖下へと落下していった。落ちた音は響かない。荒れ狂う濁流へと飲み込まれたのだ。降り注ぐ雨の中、モネアと馬車はともに姿を消した。


 あっという間の出来事だった。瞬きする暇もなかったほどだ。銃声がやみ、ポピルとスキーネ、そしてモネアの部下たちは今しがたモネアのいた場所へ目を点して見つめる。しばらくの間、雨と濁流の音だけが周囲を支配した。


「モネア…様」


 部下の一人が森から出て呆然とした様子で崖下を覗き込んでみる。馬車の車輪一つだけが岸の枝に引っかかっていた。


 部下は蒼白した表情でポピルとスキーネを一度振り返る。ポピルは咄嗟に銃を構えたが、部下はすぐに吊り橋へと駆け出した。戦意を喪失して逃げ出したのだ。それを見た他の五人、そして一人の御者も森から出て一目散に橋へ駆けていく。全員が弾の届かない距離まで小さくなったところで、スキーネが持っていた盾を地面に下ろし、捨てた。


「スキーネ、まだ油断するな。奴らが隠れているかもしれない」


「いいえ、もう大丈夫」


「盾を構えるんだ。俺がこれから森に入って確かめるから…」


 興奮状態にあるポピルに対し、スキーネは振り返って優しく抱きしめた。


「大丈夫よ。私は見たの。奴の部下は御者を含めて七人しかいなかった。七人全員が逃げ出したわ。だからもう…大丈夫」


 スキーネの言葉と抱擁に安心したのか、ポピルはチャージ・ライフルを両手から手放して地面に両膝を突いた。スキーネもあわせて両膝を突く。冷たい驟雨しゅううの中、道の上でポピルはスキーネの背中に両手を回し、二人は互いの心臓が動く音を聞いて生還した事実を確認した。


「スキーネ…怪我はないか?」


「…膝を擦りむいたわ」


「そうか」


「…髪の毛を引っ張られたところもヒリヒリする」


「おう」


「…首の後ろが熱い。ちょっと火傷したみたい」


「おお」


「それ以外は…無事」


「………よかった」


 森から三人の奴隷たちが現れる。戦闘の結果と、自分たちの置かれた状況が信じられないといった表情だ。三人はポピルたちに近付いたが、しばらくの間、静かに抱擁し合う二人に声を掛けることができなかった。


 大変なことになったぜ。早くおかしらに知らせねえと。


 近くの丘の上にいたダーチャの部下、ヌスタは、伸縮式の望遠鏡から目を離して最小まで縮小させポケットにしまうと、背後の馬に飛び乗った。そしてすぐに街へと走らせる。降り注ぐ雨で目を開けるのにも難儀したがヌスタは速度を緩めなかった。戦いは一部始終見させてもらった。誰も予想しなかった結果だ。ヌスタの独り言が風に流されていく。


「ガキ二人が…盾使いのモネアを倒しやがった!」

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