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覚悟

 視界に入るのは森を切り拓かれた広い道だ。


 湿気を含んだ風が顔に当たる。すでに街の景色は失せ、先導するヌスタの後を追いながら馬を走らせたポピルは、自分でも驚くほど冷静な気分でいた。鼻から深く空気を吸い込んで肺に送る。かすかに木々の香りも漂ってきた。自分のすぐ後ろには、ライフルを背負ったスキーネが同じように馬を乗りこなして付いてくる。


 やがて三人は幅三十メートルを超す大きなつり橋の前へとやって来た。金属のワイヤーが使われた丈夫なつり橋だ。相当な重量が乗っても大きく揺れはしないだろう。崖下は二十メートルほど距離を開けて濁流が流れている。上流で大雨でもあったのか、茶色く濁った泥水がまるでのたうち回る蛇のように荒れ狂う様子を見せていた。ところどころ木や石も流れている。


 ここまで道案内してきたヌスタは立ち止まり、ポピルとスキーネを振り返って短く告げた。


「ここだ。じゃあな」


 そして再び馬を駆け出し、元来た道を戻っていく。


 ポピルは馬から降り、手綱を引いて崖下の様子を眺めた。背後でスキーネも馬を降りる。


「待つのね?」


「ああ」


 お互い、意を決した表情だった。ポピルはスキーネに向き直り、手綱を手渡す。


「馬を森の中に隠してくれ。そして君も隠れて森から援護してほしい。俺は道の中央に立つ」


「わかったわ」


 スキーネは二頭の馬を連れ、橋に向かって右側の森の中へと歩き出す。ふと途中で立ち止まって振り返った。


「ポピル…無茶はしないでね」


「俺はできない約束はしない」


 ポピルは背中からライフルを下ろし、火炎弾を込め始める。


「奴らと戦うと決めたときから危険は覚悟の上だ。万が一のときは、君だけでも馬に乗って逃げてくれ」


♢♢♢♢♢


 ナナトの鼻の上に小さな水滴が付いた。雨だ。まだ体にぽつぽつと当たる程度だが、そのうち雨脚は強くなるだろう。


「何も聞こえないね」


 干された皮の隙間から唯一の出入り口に向けて銃口を向けつつ、ナナトが小声で囁く。


「油断するな。あたしたちを誘っているかものかもしれない。場所としてはこの上なく不利な状況にいるんだ」


 ツアムの言う通りだった。四方を壁に囲まれたこの空間は見通しが極めて悪く、唯一の出入り口から工場の中の様子はまるでわからない。モネアたちはすでに去ったのかもしれないし、あるいは出入り口のすぐ傍で息を殺して待ち構えているのかもしれない。


 すでにこの部屋へ入ってから十五分が経過していた。ナナトたちは油断することなく一番奥で銃を構えているが、異常な緊張感で神経を削られ、耐え切れなくなったナナトが小声で隣にいるツアムに話しかけた。


「ツアムさんたちはどうして僕の後から来れたの?」


「ルッカと二人で宿から出た矢先に通りで高級な箱型馬車を見かけたんだ。ディーノから聞いていた特徴と合致していたから気になって追いかけてみた。馬車は段々古い建物が並ぶ道へと入っていき、そこで他の仲間と合流したんだ。首に縄をくくられた奴隷を三人見たよ。ディーノと同じ服を着ていた」


 ツアムが一瞬だけ横のディーノに顔を向けた。ディーノが神妙な面持ちで頷く。


「俺と同じく奴隷街どれいがいから連れてこられた奴隷だ」


「そうだろうな。馬車は停まるとすぐに中からあの眼鏡の男、盾使いモネアが降りてどこかへと歩き始めた。あたしたちはモネアを尾行し、一人で歩いているディーノが取り囲まれている現場に遭遇した。その場で助けようか迷っているうちに、移動した奴らの後を追ってナナトが走って行くところが見えたんだ」


「それで僕の後を追いかけてきたんだね」


 ツアムが首肯し、一番遠くにいたルッカがナナトへおもむろに尋ねた。


「ナナト、スキーネ様と会いませんでしたか? あなたたちを追って宿から出たまま帰ってこないんです」


「そうだ! スキーネ!」


 ナナトは思わず銃を下ろして大声を上げた。「しっ!」とツアムが制するが、構わずにナナトが続ける。


「大変なんだ! スキーネは僕とポピルが見張っていた建物の中へ連れていかれたんだよ! たぶん危険な人たちに誘拐されたんだと思う!」


「なんですって!」


 今度はスキーネが大声を上げた。


「ツアム様! すぐに助けに行きましょう!」


「待てルッカ!」


 駆け出そうとしたルッカをツアムが厳しい声で呼び止めた。


「まだ動くのは危険だ。あの壁の向こうに奴らがいるかもしれない!」


「ですが…スキーネ様を…」


「あたしだって同じ気持ちだよ。だがこらえるんだ。もしここであたしたちがやられたら誰がスキーネを助ける?」


 ツアムは懸命な表情でルッカに訴えた。

 ルッカはしばらく悩んだ様子だったが、再びその場にしゃがみ込む。しかし落ち着きがなく、何度も周囲を見回した。他に出口がないか探している様子だ。


「持久戦はしびれを切らした方が負けだ。絶対に警戒を解くなよ」


 ツアムが誰ともなく告げる。


 ナナトも焦るルッカと同じ気持ちだった。もしここを無事に出れたらすぐにスキーネを助けに行く。こうなると、なんら反応を示さない敵の態度が恨めしい。モネアたちはまだそこにいるのか。確かめたいが今の状況で動くのはあまりに危険だ。


 ナナトたちは焦燥に駆られながらもその場から動くことができなかった。

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