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貴族の娘

 宿の部屋の中では、ルッカがベッドに座り込み、ぼうっとした表情で天井を見上げていた。


「スキーネのことなら心配ないさ」


 シャツを着直したツアムが長椅子に座り、部屋に備え付けられていた水差しからコップに水を注ぎながら言った。ルッカが驚いた様子でツアムに顔を向ける。


「どうして…私がスキーネ様のことを考えているとわかったのですか?」


「そりゃ、ルッカがそうやって落ち込むときはだいたいスキーネに関することだから」


 ツアムが軽く微笑み、水を注いだコップをルッカに向けて「飲むか?」と聞いた。ルッカが小さくかぶりを振ったのでツアムは自身の口へコップを運ぶ。


「スキーネ様の言い分は…決して間違っていません。本来であれば犯罪者を野放しにするなど恥ずべき行為です。ですがスキーネ様は…戦いの結果、自分たちが負けたときのことを想像できていない」


「受けてきた教育も大きいんだろうな。生まれたときから戦勝国ヴァンドリアの貴族の娘だ。戦争に関する数々の美談や武勇伝を聞かされてきたんだろう。勧善懲悪が世の主軸で、自分は常に勝利する側として育ってきた。苦労知らずの世間知らず。良くも悪くもお嬢様だな」


「おっしゃる通りだと思います。ヴァンドリア国防衛大臣のご息女という立場をみれば、義憤に駆られるお姿はきっとご両親も喜ばれるでしょう。ですが世の中は綺麗ごとでは済まないことも多い」


「ああ。むしろスキーネが憧れている美談や武勇伝は少ないもので、現実は理不尽と不条理に溢れている。流行り病により他の街からの施しを断られて全滅した村。亜獣の大群によって踏みつぶされた街。あたしも旅でよく目にしたよ」


 ルッカは同意するように目を伏せた。スキーネに仕える身として貴族の屋敷に住み込んでいるとはいえ、自分だって半獣人として肩身の狭い思いをして生きてきたのだ。正義が常に勝ち、善が悪を上回るという結末は絶対ではない。現実は理不尽と不条理に溢れているというツアムの言葉は痛いほど理解できる。


「聞いてもよろしいですか?」


「ん?」


「もし…スキーネ様を自宅へ送り届けるという仕事を受けていなかったら、ツアム様はポピルに手を貸しましたか?」


「…どうだろうな」


 ツアムはいったん木窓を見やってから視線を戻して言った。


「それでも加勢はしなかったと思う。あたしも命は惜しいからね。だがポピルの身を案じて付いていっただろう。あいつだって根はいいやつだから死なせたくはない」


 ルッカはそれを聞いて思わず微笑んだ。ツアムが椅子から立ち上がる。


「さて、私も少し出かけてくるよ。ザッカーからもらった羽刺し鳥の小切手を換金してくるのと、無駄足かもしれないが一応、保安署へ行ってモネアがこの街にいることを伝えてくる」


「信じてもらえるでしょうか?」


「望みは薄いな。たとえディーノが直接証言したとしても難しいだろう。たった一人の奴隷が垂れ込んだところで信憑性は低いうえ、ここタズーロのスラム街といえばヤスピアでも指折りの危険地区だ。仮に信じてもらえたとしても他国の賞金首を捕まえるのに保安官をスラムへ動員してくれるとも思えない。だが、あたしがポピルたちのために確実にできることいえばそれぐらいだ」


 ルッカが窓の外の曇天を見上げてから言った。


「私は着替えなどを幌馬車から部屋に運んでおきます。いってらっしゃいませ」


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