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酒場

 翌朝。無数の木の葉の先に溜まった朝露が日の光を受けて輝く中、スキーネはルッカの腰まで届く長い黒髪をブラシで慈しむように(くしけず)っていた。


「あ、あの…スキーネ様、自分でできますから…」


 自分が仕えている家の令嬢に髪をブラッシングさせるのは相当な抵抗があるようで、ルッカはバツの悪い顔をして背後にいるスキーネを振り返ろうとする。


「動いちゃ駄目。いいから前を向いてなさい。ツア(ねえ)より可愛くしてあげるから」


 ルッカの髪を作るが私の日課なの、とスキーネは続けて、仕上げに薄緑色の大きな紐を蝶結びにして髪をまとめた。

 天候は晴れ。目に入るのは抜けるような青空と真っ白な雲、そして山を覆いつくす木々の緑である。荷造りを終えて出発した一行は、獣に襲われることも荷馬車がぬかるみにはまることもなく順調に歩き進み、昼過ぎに木造家屋の家が並ぶ村へと入った。

 ナナトたち以外にも数組のギルダーが村に滞在しているようで。ファヌーを停めるために訪れた馬繋場(ばけいじょう)には、十頭ほどの馬や駅馬車が連なっている。


 ツアムは、馬繋場にいた馬の世話係兼荷物の見張り番を務める青年に駄賃を手渡しながら尋ねた。


「この村にギルドの斡旋所は?」


「ありません。ですが銃弾なら売ってます。昨日鉄砲店に入荷したばかりなんです。よろしければ案内役に人を出しますが?」


「いや結構。ありがとう」


 四人は村の目抜き通りに出た。


「どうする? ツア姐?」


「ひとまず酒場に行って昼食を取ろう。まだ日は高いし天気も持ちそうだから昼過ぎには村を出る」


「どうしてレストランじゃなくて酒場に行くの?」


 歩きながらナナトが不思議に思って聞いてみた。


「情報を得るためさ。酒場のバーテンダーはいろいろなギルダーの話を聞くからね。最近どこにどんな亜獣が出没しているかとか、近場で実入りのいいクエストを出している村はないかとか。あちこち人に尋ね回るより酒場に行った方が早いんだ」


「そうなんだ」


 四人は村で一番大きな酒場に着くと、中へ入った。

 両扉を開けた途端、男たちの喧騒が耳に飛び込んでくる。真昼間だというのに十五人ほどの男たちが酒を(あお)り、赤ら顔で上機嫌に笑っていた。男たちは一斉に新しく入ってきたツアムたちを見ると、口笛を吹く。


「おお! いい女じゃねえか。しかも三人も!」


「まだ子供じゃねえか。おいガース、赤ん坊用のミルクってこの店で売ってたっけか?」


 ガハハハと呵呵大笑する男たち。全員が手元にライフル銃を立てかけているところをみると、ギルダーのパーティらしい。ガースと呼ばれたのがこの店のバーテンダーのようで、カウンターの奥で苦笑いしながらコップを拭いていた。


「そこに座っててくれ。あたしが料理を注文してくる」


 ツアムは入り口から最も近い位置にあるテーブルを手で差し、他の三人は頷いた。


「おい銀髪の姉ちゃん! こっちで俺らと飲まないか! 酒ならおごるぜ。なにせクエスト成功させていま金持ちになってるからよぉ」


 無精ヒゲの生やした歯並びの悪い男がそう言って手招きしてくる。ツアムは「遠慮する」と短く告げて男たちの横を通り、カウンターへ近づいた。


「昼食を頼みたい。店のお勧めは?」


「昨日(おろ)したビーフステーキがありますぜ。パンと併せて一人千リティだ」


「頂こう。あとなにか果実はないか?」


「二日前に収穫したやつでよければ、キウイがあります」


「それも四つ。あと飲み物は水で」


 水という単語を意図的に強く出す。酒に酔った男たちに対し、暗に「あんたらと飲む酒はない」という意思表示だ。バーテンダーは畏まりましたと言って奥の厨房に声をかけ、ツアムは代金を支払って席に戻った。


「うるさい人たちね。こっちに構ってこなきゃいいんだけど」


 ツアムが席に着いた途端、スキーネが小声で囁いてくる。そうだな、とツアムも首肯した。

 男たちは追加で酒を注文し、騒ぎをさらに大きくしていく。ことさら大声を張り上げるのは、最もがっしりとした体格のヒゲ面の男だった。どうやらこの大男がこのパーティのリーダーのようだ。


「ギルダーになって十五年が経つたがあれだけの大物は見たことがねえ。しかも鋭い爪は一捌きで体を二つにしちまう切れ味だ。追い詰められたバゴが小便もらしたのも無理ねえこった」


 言いながら、バゴと呼ぶ新米風の小男の肩を叩く。小男は大声で自分の失態を喧伝されて見るのも哀れなほど恥ずかしそうだ。


 リーダー格の男は、自分が獰猛な獲物をいかにして仕留めたかを誇らしげに語っていく。そして折に触れてはツアムの方を見た。自分の武勇伝で気を引こうとしているのが丸わかりだ。

 しかしツアムの態度は素っ気無かった。ウエイターによって運ばれてきた昼食を受け取ると、まるで男たちなどこの場にいないかのように黙々と口を動かす。話し終えた大男はそれを見て顔をしかめながら次の手を打つことにした。


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