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ダーチャ

 小汚い通りとは反対に、建物の中は隅々まで清掃がなされていた。


 廊下には金に飽かせて収集したと思われる美術品や絵画が惜しみなく展示され、足元には絨毯も敷かれてある。モネアの足音を完全に吸収し泥跡を残さないところからみると、これも相当な一品なのだろう。建物の外とはまさに別世界。この旧市街になければ都市の中の美術館といって差し支えない内装だ。


 モネアは建物の三階へ上り、最奥の部屋へと通された。円柱の柱が部屋を囲むように壁際に建てられている十メートル四方の大きな部屋だ。部屋の中央には四角い長机と、机を挟むように長椅子が用意されており、さらに部屋の奥に、仕事机と背もたれ椅子に座った一人の男が座っている。


 ダーチャの部下であるヤギの獣人は、金貨の入った箱を部屋の中央の長机の上に置いて、仕事机に座っている男が見えるように向けると、そそくさと部屋から出ていった。部屋の中に沈黙が流れ、モネアと男が長机を挟んで対面する。モネアが要求した通り、この場に二人しかいないようだ。


「あなたがダーチャ氏、ですね?」


 相変わらずモネアが薄ら笑いを浮かべながら貴族流のお辞儀で挨拶をしてみせる。


「お初にお目にかかります。私はモネア。西の国アトラマスから遥々(はるばる)やって参りました。あなたのお噂はかねがね耳にしております」


「…どんな噂だ?」


 ダーチャが短く訊いた。仕事机に両肘をつき、口元で手を交差させて突然の来訪者を見つめている。歳は四十といったところか。長髪をオールバックで撫でつけ。豊かな顎髭を小綺麗にカットしている。


「我々と同業者であるという噂です。ここ、タズーロの旧市街を根城にし、ヤスピア中の裏社会に手を伸ばして、その筋では知らぬ者はいないと言われている者。ヤスピアにおける影の支配者といった表現が適切でしょうか」


「仰々しいな。気に食わねえ」


 吐き捨てるようにダーチャが言った。


「俺もお前らについては聞いているぜ。アトラマスじゃ派手にやっているらしいじゃねえか。盗賊の身でありながら国に喧嘩を売ったのは歴史上お前らが初めてだろう。それで、何しにここへ来た?」


「ビジネスです」


 モネアが歩き出し、長机の上に置かれた箱の蓋を開けた。箱一杯に詰め込まれた金貨を目の前にしても、ダーチャは眉一つ動かさない。


かねい」


 突如モネアが高らかに言った。


「私は自分の命の次に金が好きでしてね。いや、命と同等と言っていい。こうして見るのも使うのも、そして稼ぐのも大好きなのですよ。なによりも金の素晴らしいところは客観的に価値を測れるということです。モノも人も、金額の多寡によってその真価を比べることができる。自分の持つ金が増えるこということは即ち自身の価値が上がるということ。これ以上の愉悦は他に知りません」


「…俺たちと取引しようってのか? お前たちの目的は?」


「ヴァンドリアを墜とします」


 モネアの剣呑けんのんな発言に、ダーチャは初めて息を呑んだ。思わず出す言葉に詰まってしまい、そして出した声色も驚きがにじんでしまう。


「本気で言っているのか? なかの国ヴァンドリアへ侵攻するだと?」


「冗談で大金をばら撒く馬鹿はこの世にいません」


 モネアは視線を落とし、右腕の盾を大事そうに左手でこすりながら言った。


「しかしヴァンドリアを我々だけで攻め落とすのはさすがに手に余ります。そこであなたがたの協力が欲しい。今回のこの金は手付金です。詳細な要求は追って連絡しますが、ひとまず武器と兵士を揃えるだけ揃えておいていただけますか?」


 モネアがダーチャを見据えた。両者の間に沈黙が流れる。ダーチャは交差した手を解くと、椅子の背もたれに身を引いた。

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