盾使いのモネア
ベネアード一派の幹部、盾使いのモネアはタズーロの街の南東、旧市街のとある一角で馬車を降りた。
周囲の建物はみな一様に古く朽ちていて、行き交う人々の人相はおしなべて悪く、目は憎悪に満ちている。通りの反対側に目を向けると、五十メートルほど斜め向かいにゴミ捨て場が見え、身なりの汚らしい男が食べ物を探して漁っており、また違う方向の通りには、痩せこけたホームレスの老人が道の隅で丸くなって眠っていて、その老人のポケットから何か金目の物を物色しようと十歳にも満たない小さな子供がスリを働いているが、白昼堂々の中でも誰一人気にも留めない。
モネアの一行が途中で通ってきた新市街とは比較にならない治安の悪さだ。ここにいる者たちはみすぼらしい簡素な服を着ているか、もしくは高級な衣服を纏った明らかに札付きと思われる男たちの二つの人種に分かれ、その中間はどこを見渡してもいなかった。
モネアは、大きな建物の入口に立つ屈強な体躯の門番二人の前に立ち、告げた。
「ダーチャ氏と二人きりで面会がしたい。仕事の話だと伝えてくれませんか? 決して損のない話だと」
二人の門番は一言二言相談してから、建物の中に向かって小間使いを呼び立て、ダーチャに取り合っていいか判断を仰ぎに行かせた。その間、門番の一人が値踏みするようにモネアを見つめる。
口調も態度も慇懃で、口元には薄ら笑いさえ浮かべているモネアは却って不気味だった。そもそも身なりからして場違いだ。モネアの格好は上級階級の人間が好む礼装の姿で、シワ一つないズボンにシャツ、ネクタイの上からダブルブレストの黒いフロックコートを着込み、コートの前のボタンは全て閉じられている。灰色をした短髪に銀縁の眼鏡をかけた顔は一見すると三十前後の優男だが、道行く一般人と決定的に違うのは、コートの上から腰に巻かれたベルトに三つのボーチャードピストルがぶら下げられ、そして右手に小さな盾を、籠手のように装備していたという点だ。モネアの頭の先からせいぜい胸の高さまでしかない五十センチ四方の正方形をしたその金属製と思われる盾は、モネアの着ている服と同じように贅を尽くした細やかなデザインが施されている。
綺麗な箇所を見つけるのが難しいほど汚れきったこの通りに立ったモネアは、まさしく掃き溜めに鶴の様相を呈していた。
建物の奥から小間使いが戻って来て門番とモネアの両者に言った。
「お頭が会うと言ってます。客人として中へ寄越せと」
モネアの目が眼鏡の奥で光った。
「では入りましょうか。銃はここへ置いていきましょう。それと馬車にダーチャ氏への贈り物があるので中まで運んでいただけませんか?」
言いながら、モネアはフロックコートの上から腰に巻かれていた三つの拳銃、最新の自動式であるボーチャードピストルをベルトごと外して隣にいた部下に預け、他の部下に目で合図を送って、馬車内から大きな四角い箱を降ろさせて門番たちの前に置き、自分は両手を横に広げて前へ進み出た。
門番の一人がモネアの意図を読み取り、前へ出てきたモネアのボディーチェックをする。他方の門番が目の前に置かれた顎でしゃくりながらモネアに訊いた。
「中身は何だ?」
「どうぞご自分の目で確かめてください。鍵はかけていません」
門番がしゃがみ込んで箱を開けると、中には目が眩やまんばかりの金貨が詰まっていた。モネアと相対してから常に威嚇気味だった門番の表情が初めて狼狽の色を見せ、すぐに蓋を閉じる。
「言ったでしょう? 損のない話だと」
モネアの薄笑いがひと際深くなった。明らかに動揺した門番は小間使いに命令し、建物の中から二人のヤギの獣人を寄越して箱を中へ運ぶよう命令する。
ボディーチェックを終えた門番は、最後にモネアが右手に所持している盾に手を伸ばして取り上げ、表と裏を見た。外見通り、身体の三分の一しか防ぐことのできない小さな盾だが横から見るとかなり分厚い。どうやら同じ大きさをした三枚の金属板が折り重なっている構造だ。門番は矯めつ眇めつ観察したが、金属板の隙間にも、小さいナイフなどの隠し武器は見当たらなかった。
「これぐらいはご容赦いただけませんか? 私とて、中へ入るのに少しでも安心しておきたいのです」
モネアが言うと、門番は何も言わず盾を返し、目で建物の中へ入るよう伝えてきた。この小さな盾は脅威にはならない。そう判断したのだろう。
「お前たちはここで待っていなさい」
モネアは馬車の御者を含む四人の部下と三人の奴隷にそう言い渡し、建物の中へと入っていった。




