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第二話 俺はこいつが嫌いなんだ

「おせぇッ!」


トアナが扉から出て言ってから30分ほどが経過したが、未だトネットは部屋の中にいた。

遅い、遅すぎる。着替えて準備をするだけのはずなのに、一体どれほど待たせるというのか。

迅速さこそが尊ばれる最前線において、この遅さはありえない。何をしてるんだあの女は。

トネットが苛立ちばかりを募らせていると、ようやっと部屋の扉が開いた。

これは文句のひとつでも言ってやらなければならないと、ベッドの上から立ち上がったトネットは、しかしすぐにピタリと足を止め、開く扉に警戒の眼差しを向ける。


「誰だ」


問いかけには獰猛な響きが含まれている。


「姫さんの気配じゃねぇぞ」


最前線で長年過ごしていく中で磨かれた感覚。

人はもちろん、生き物それぞれから感じ取れる気配。その違い。第六感とも呼ぶべき経験則が、トネットに警戒を促す。


「さっすが世界最強の騎士様ね。せめて姿を見せるぐらいはさせて欲しかったんだけどな」

「てめぇは──ッ」


トアナよりもよっぽど自信に満ちた声音。明るく、それでいてどこか神経を逆なでするような声に、ただでさえ苛立っていたトネットの眉間に皺が刻まれる。


「わーお、怖い顔。そんな表情してたら、せっかくの人気が台無しよ?」

「リリルカ・アーデ」

「正解! 久しぶりね、トネット君」

「てめぇ。どの面下げて俺の前に出てきやがった」

「どの面とは失礼な。恩を感じてもらうならともかく、そんなに邪険にされる覚えはないんだけど?」


チッ、と。

これ以上ないほどわかりやすく舌打ちをするトネット。不機嫌を隠そうともしない彼を前にして、しかしリリルカと呼ばれた少女は全く臆することがない。


年のころはトネットと同じか、少し若いぐらいだろうか。肩口でフワフワと毛先を遊ばせるオレンジ色の髪に、輝く空色の瞳。健康的な肢体を活発そうな装いで着飾っている。整った顔立ちには、明るいというよりはどこかいたずらげな笑みを浮かべている。


「トネット君が《ウィザーズ・パレス》に行くって聞いたから先回りしてたのに、いつまで経っても来ないんだもの。死んじゃったのかと思ったじゃない」

「なんでてめぇが俺の行き先を知ってんだ」

「噂よ、う・わ・さ。トネット君のことは皆が気にしてるもの。ちょっと耳を澄ませばそこかしこから君の話が聞こえてくるわ。よかったわね、人気者で」

「何ひとつとしてよくねぇ。おかげで自由に出歩くことすら出来ねぇんだからな」

「よかったじゃない。皆に気にしてもらえて。実際すごいわよ。王都中で『トネットが王都にやってきた』って大騒ぎ。もう、すごい盛り上がりよ。祭りね、祭り」

「それもてめぇの仕業じゃねぇか」

「功績と言って欲しいわ。君が世界最強の騎士って呼ばれるようになったのは、間違いなく私のおかげなんだから。あ、そういう意味じゃお礼のひとつぐらい貰ってもいいわよね。お金ちょーだい」


厚かましいにも程がある。

この女が来るとわかっていれば、トアナを待たずして《ウィザーズ・パレス》に行っていた。


「それで、これが例のベッドね?」


その一言で、リリルカが何をしようとしているのかを悟った。


「何もせずに部屋から出て行けよ。ドブ攫いの報道屋が」

「失礼ね。私が報道屋だったのは学生時代の話。今はストーリーテラー。つまりは作家よ」

「人のこと嗅ぎまわって、あることないこと書いてんのは同じだろうが」

「全然違うわよ。報道屋が追い求めてるのはセンセーショナルな事実、つまりはスクープ。対してストーリーテラーである私が追い求めてるのは、物語になるネタよ」


そんな持論、トネットの知ったところではない。

事実、この女が書いた物語のせいで、トネットは世界最強の騎士などと呼ばれるようになり、望んでもいない人気を獲得し、民衆の勝手な英雄像を押し付けられているのだ。

迷惑でしかない。


「ああもう。なんでシーツがないのよ。一番痕跡が残りそうなものなのに。脱いだ服の一枚も無いんだから、シーツぐらいあってもいいじゃない。こんなのがっかりだわ」


そう言えばこの部屋を出て行く時、トアナはその手に見に着けていた服を一式持っていた。こうなることを見越して、ではないだろうが、おかげでリリルカの無用な追及から逃れることが出来ている。


「ねえ、トネット君。聞かせて欲しいのだけれど」

「てめぇに話す事なんかひとつたりともねぇよ」

「トアナ姫の抱き心地はどうだった?」

「下世話にも程があるな、てめぇは」

「って言う事は、やっぱり抱いたの? ねえ、そうなんでしょ?」

「うるせぇ。話す事なんざねぇって言ってんだろうが。いい加減にしねぇと、焼くぞ」


トネット自身、決して人間が出来てるとは言い難い。それでもこうまで土足でドカドカと人のプライベートな部分に踏み込んでいくような真似はしない。

この女は本当に、人の神経を逆なでするのが上手い。


「そっかぁ。それじゃあ私を抱いて?」

「なんでそうなる。頭湧いてんのか、てめぇは」

「だってトネット君ってば、トアナ姫との情事を話してくれそうにないんだもの。だったら逆に、君に抱かれてみれば、トアナ姫がどんな思いでいたのかイメージ出来そうじゃない?」


さも当たり前のように言ってのけるリリルカだが、トネットには彼女がそう言う理由が理解出来てしまった。腹立つ事に。


「もうね、出版社の連中がうるさいったらないのよ。《トネット物語》の続きはいつ出来るのかって。でもね、今書いたって大したものが出来ないのは私が一番よくわかってるの。もっともっと、あの時以上にトネット君のことを理解しないと、私の書きたい君の物語は出来上がらない。だからね、君の事だったら何でも知りたいのよ」

「てめぇの物語に必要なのは、戦場での俺だろうが」

「それはもういいわ。前回これでもかってぐらいに書いたから。やっぱり密着取材って大事よね。出来上がる物語の密度が違うもの。おかげで発売から2年が経過した今でも重版がかかるぐらいのロングセラーを記録してるわ。一躍、私も有名作家の仲間入りを果たせたし。ありがとうね、トネット君。お礼におっぱい触らせてあげようか?」

「いらねぇよ。バカだろ、てめぇ」


なんて吐き捨てつつも、トネットはリリルカが自分の同類だと感じ取ってしまっている。

戦場での熱狂を追い求める自分。

自分の物語を追求するリリルカ。

生きる場所は違えども、2人は同じように自らが価値を見出したものに夢中になっている。それで世間の価値観から逸脱しようとも、一向に構わないと思っている。

だからこそ、同類だと感じてしまうのだ。魂の形が恐ろしいほどに似ているから。


「まあ、いいわ。これからトネット君と一緒にいれば、色々取材も出来るだろうし」

「今、なんて言った?」

「ああ、そう言えば言ってなかったわね。今この瞬間から私は君と生活を共にするわ。ほら見て。お城への入城許可証。《トネット物語》の続編を書くのにどうしても必要って交渉したら貰えたの。これからはいつでも君の側にいられるわ」

「冗談だろ?」

「現実よ。よかったわね、私みたいな美少女が常に側にいるなんて、そんな贅沢なかなか出来ないわよ?」

「贅沢でもなんでもねぇ。ただの罰ゲームじゃねぇか。ふざけんじゃねぇ」


いっそこの女をここで焼き尽くしてやろうか。

冗談でも何でも無くそう考えたトネットが右腕に魔力を集中させたその瞬間だった。

コンコン、と。

控えめだが確かな音で、部屋の扉がノックされた。


「お待たせしてしまい、ごめんなさい。準備が出来ました」


そう言いつつ入室してきたのは、何を勘違いしたのかしっかりとめかし込んだトアナだった。

その気合の入りっぷりをどう解釈したのか、リリルカが意味深に口笛を吹くのが、どうにも癪に障る。


「あら。そちらの方はもしかして、リリルカ・アーデさん!?」

「その通り。どうもはじめまして。しがないストーリーテラーのリリルカです。よろしくね、お姫様」

「は、はい。トアナ・エレオノーラ・リステルです。あ、あの。本当にリリルカ・アーデさんなのでしょうか?」

「うーん。ここで話し込んでてもいいんだけど」

「いいわけあるか。なんでてめぇが仕切ってんだ」


ペースを握られてはいけない。

過去の経験からリリルカを毛嫌いするトネットは、そう口にする。


「まあ、トネット君もこう言ってるし、詳しい話は道中すればいいよね。それじゃあ《ウィザーズ・パレス》に行こう!」

「おいッ! なんでリリルカが付いてくるんだ!」

「お姫様も行くんでしょ? だったら私が行くのも問題ないでしょ?」

「大ありだッ!!」


なんて抗議するトネットに構わず、リリルカは扉の前で目を丸くするトアナの手を掴むと、ずかずかと歩き出した。


「ほら、何してるのトネット君。置いていっちゃうよ」


当たり前のようにそう言うリリルカに、トネットは煮えたぎる怒りを堪えることなく吠え猛る。


「だからてめぇが嫌いなんだッ!!!」


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