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第一話 好きにすりゃいいじゃねぇか

アスセーナは呪いと言った。

ケガでも病気でもなく、呪いと。

蘇生すら可能だと豪語する世界最高のヒーラーが匙を投げた呪い。そのせいで《リステル・フロント》から遥かに西。戦いとは無縁の王都に送還されたのだとすれば、トネットはこの呪いをもたらした奴こそを呪わずにはいられなかった。


「トネット様……?」

「あ?」


呼びかけられ気が付く。自分が今、どこにいて何をしているのかを。


「どうかしましたか?」


耳元で囁かれる声。一糸まとわぬままに触れ合う肌。やわらかく、温かい感触。

それらが、戦場とはかけ離れた遠い場所にいるのだと、痛烈に訴えかけてくる。


「何でもねぇ」

「あの。よければもう一度、その……。昨夜のように、……抱いてください」


ねだるように紡がれる言葉。キュッと、ささやかに背に回された指先に力がこもる。爪を立てるでもない、健気な求めに、しかしトネットが応じることはない。


「悪いな。この後は用事があるんだ」

「あ。そう、そうでしたね……」


ビクリとトアナの全身が緊張したように強張るのを感じた。

怒鳴りつけられた子どものような反応を訝しみながら、トネットは丁寧にトアナの肩を掴み身を離す。


「私ったら……。ごめんなさい。つい」

「構わねぇよ」

「いえ、トネット様の都合も考えずに、一方的に私の要望を口にしてしまいました」

「それの何が悪いんだ?」

「え?」


なぜそこで驚いた顔をするのか。

トアナの表情こそ、トネットからすれば不可解でしょうがない。


「やりたいことをやろうとしただけだろ、お姫さんは」

「あ、はい。そう、ですね」


それを認めてしまってもいいのかと迷うような返答。

なぜこうも煮え切らない態度を取るのか。


「あの、トネット様はいいと思いますか? 自分のやりたいことをやることが」

「当たり前だろ。俺なんて自分のやりたいようにしかやってない」


今だってそうだ。

後方送りにされたにも拘わらず、《リステル・フロント》に戻るために《ウィザーズ・パレス》を訪れようとしている。


「出来るかどうかは置いておいて、やりたいことをやろうとするのは間違いでも何でもないだろ」

「それは、わがままではないのでしょうか……?」

「さっきから何が言いたいんだ? 別に口にするだけならタダなんだからいいだろ。実際にやろうとするのだって、自分一人で勝手にするぶんには誰かを巻き込むでもないじゃねぇか」


まあ、その行動の結果、多くの人に迷惑をかけることは多々あるのだが。

それはその時にきっちり筋を通せばいい。


「トネット様は自由な方なんですね」

「俺のこれは自由って言わねぇよ。好き勝手やってるだけだ」

「それを自由というのではないのですか?」

「自由ってのは責任を果たしてる奴に与えらえる権利だ。俺は課せられた責任のことなんて何ひとつとして考えてないからな。ただのクズだよ」


そう言いつつ、ベッドの上にトアナを残し立ち上がる。昨夜脱ぎすてた服は床の上に散乱していた。


「替えのお召し物を用意させましょうか?」

「いや、いい。あんたらの服は肌に馴染まない」


それは王都に来た初日に痛感した。仕立てのいい服は気味が悪い。粗雑な麻の服程度が、自分にはよく馴染む。

だからこそトネットは、用意されたものには袖を通さず、戦地から持ってきた着古した服ばかりに身を包んでいる。


「それでも、トネット様にそのような恰好をしていて欲しくはないです」

「だったら鎧でも着ててやろうか? いいぜ。あれなら肌によく馴染む」

「トネット様がそんな恰好をしていたら、皆が魔王でも襲来したのではないかと勘違いをしてしまいすね」

「いいな、それ」

「え」

「魔王襲来。強いんだろ、魔王ってのは」

「さ、さあ。どうでしょう」


答えに窮するトアナを顧みることなく、トネットは手早く身支度を整える。と、


「何してんだ?」

「せめて寝ぐせぐらいは直さなければ」

「余計なお世話だ」

「お世話なんてしてません。これは、私が勝手にやりたいと思ったことですから。いいんですよね、やりたいことをやろうとするのは」


チッ、と思わず舌打ちが漏れる。

あそこまで偉そうに語った後だ。それをダメだとは言えない。


「ジッとしていてくださいね」

「髪なんて適当でいいんだよ」


案に断るトネットに構うことなく、トアナはシーツで体を隠した格好のまま手を伸ばす。そのきれいな指先が、とても愛おし気な仕草でトネットのボサボサとした髪を梳かしていく。

意外に強引な女だ。と、トネットは思うが、よくよく思い返せば、昨夜だって自分から抱かれに来ていた。

お姫様らしい丁寧な所作に隠れているだけで、もしかしたら中々に頑固なのかもしれない。


「今日はどちらへ行かれるのですか?」

「《ウィザーズ・パレス》。ククレ・ティハールに用がある」

「まあ! あの、この世随一と呼ばれる魔法使い様に?」

「なんだその呼び名は」

「知りませんか? ククレ・ティハール様と言えば、玉の世代と呼ばれる現在の《ウィザーズ・パレス》において、もっとも優秀とされる方です」

「それを称して『この世随一』ってか?」

「はい!」


何がそんなに嬉しいのか、トアナは弾んだ声で返事をする。

それにしたところで、『世界最強』の騎士であるトネット、『世界最高』のヒーラーであるアスセーナ。そして次は『この世随一』と来たものだ。

誰が言い出しのかは知らないが、派手な修飾語を好む者もいたものだ。


「あの、トネット様」

「なんだ?」

「私もご一緒してはダメでしょうか?」

「《ウィザーズ・パレス》にか?」

「はい」


一瞬考えるも、特に断る理由などなかった。トアナがそうしたいと言うのなら、好きにさせればいい。トネットはそう結論付けた。


「好きにしろ」

「──!? ありがとうございます! すぐに準備をしますね!!」


言うが早いか、トアナはそれまで丁寧に梳いていたトネットの髪から指を離すと、部屋の扉を飛びつくように押し開ける。


「少々お待ちくださいね」


そして、そう言い残すと部屋を後にする。シーツに裸身を包んだままの姿で。

当然お姫様がそんな恰好で飛び出して来れば騒ぎのひとつにもなるわけで、閉じた扉の向こうからは賑やかな人の声が聞こえてくる。


「しょうがねぇ」


好きにしろと言ったのは自分なのだ。これでトアナを置いていくようなことをすれば、それは筋が通らない。

トネットは不承不承と言った様子でベッドの上に腰を降ろす。やわらかく押し返すその感触に、微かな舌打ちを漏らしながら。



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