5.部長からの伝言
狭い道は舗装が十分ではないため、タイヤが石に乗り上げたり凹みに落ちたりしてかなり揺れた。熟睡していた菊川もさすがに夢から覚め、現実世界に引き戻されて困惑しているようだ。
篠崎は前方を凝視しつつ、最悪の場合にシートベルトを外して車の外へ脱出するか、それでは二人を置いていくことになるので助けるにはどうすべきかなどと脱出方法を思案していると、車が左にカーブして、前方にこぢんまりとした宿屋のような建物が見えてきた。
悪路での安全運転に全神経を注ぎ、助手席で不安な面持ちでいる篠崎など気にも留めない様子の西大島は「あちらでございます」と言う。
「あのー、一之江部長の別荘と聞いていたのですが?」
篠崎が警戒しながら問いかけると、前方を向いたままの西大島から意外な答えが返ってきた。
「お嬢様は、こちらの旅館へお連れするようにとおっしゃっておりました」
「ここは別荘――なのですか?」
篠崎はそうは思っていないが、念のための質問である。
「いえ。一之江家所有の旅館で、今回の合宿のご宿泊先でございます」
それまで別荘で合宿だから宿泊先も別荘だろうと思い込んでいた篠崎は、さすがに部長と同じ建物に男子生徒が寝泊まりするのはまずいと――おそらく親が――判断したのだろうと解釈した。ならば、ここを宿泊先に指定するのは合点がいく。
「僕だけここですか?」
「いえ。みなさまのご宿泊先となります」
この答えに、女子といえども別荘で一緒に寝泊まりは許可が下りなかったのかとも思えたが、客人はそれ専用の旅館で歓待する方が良いと思ったのだろう。篠崎は、近づいてくる旅館を見つめながらそう解釈した。
Q駅からの快適なドライブも悪路に入ってからプラマイゼロになった気分の三人だったが、ひとまず旅館の前で車から降りて運転手へ口々に礼を述べた。
白手袋を外した西大島に案内されて旅館の中へ入った三人は、女将や従業員の出迎えがないまま、広さ10畳の和室に通される。
中央にデンと置かれた茶色の座卓が部屋を狭く感じさせるが、とにもかくにも、三人は荷物を部屋の隅に置いて、その座卓を三方向から囲むように座る。
ここで、読者の皆様は、篠崎の向かいに菊川、篠崎の左側に曙橋が座ったことを憶えておいて欲しい。この位置関係は、のちに重要となる。
空いていた一方向――すなわち、篠崎の右側――に座った西大島が、服の内ポケットから茶封筒を取り出した。
「実は、お嬢様から伝言を仰せつかっておりまして、今から読み上げます」
★★★