3.執事の運転する高級車
篠崎達が改札口で荷物をぶつけながら通過し、他の乗降客の姿が全く見えない通路にバタバタと足音を響かせ、無人の待合室を通り抜ける。
土産物コーナーも、次の電車まで時間がたっぷりあって、しかも客がいないからなのか店員の姿はなく、開店休業の状態だった。そんな人が蒸発してしまったような光景を不思議に思う暇もなく、三人は先を競うように駅舎を飛び出した。
その途端、灼熱の太陽が彼らを襲う。衣服を通過して容赦なく押し寄せる熱気に体温が上昇する。仰ぎ見る空には普段の何倍にも大きくなったかのように太陽が輝いているが、それを彼らが睨んだ時、駅前のロータリーの右側から黒塗りの高級車が静かに近づいてきて、三人の前に横付けになった。
それが普通に見かける車よりもサイズが一回り大きく見える。三人は、一之江部長から送迎の車が駅に来ると聞いていたので黒塗りの高級車だろうとは想像していたが、ここまで大きな車だとは思っておらず、驚嘆した。
蝉時雨よりも静かな排気音がより小さくなり、彼らから見て奥の方でバクンとドアが開く音がして、車体が少し上下に揺れる。そして屋根の上から白髪頭がのぞいたが、一緒に来ていると思われた部長の姿は見えず、三人は移動する頭を少し緊張しながら目で追う。
運転席から降りてきたのは、痩身で背が低く、白髪で黒縁の眼鏡をかけた執事風の男性。この炎天下に黒い服装の彼は、暑がる様子を微塵も見せず、篠崎達6つの目から発せられる視線を痛いほど浴びながら、まるで最重要人物へ敬意を表するかのように丁寧なお辞儀をした。
「篠崎様、菊川様、曙橋様。お待ちいたしておりました。わたくしは、一之江家の執事の西大島と申します」
「「「よろしくお願いします」」」
「さあ、お荷物はこちらへどうぞ」
そう西大島に案内された三人は、高級車の綺麗なトランクルームに自分達の汚れが目立つ荷物を大事そうに運び入れる彼に恐縮する。それから菊川と曙橋は後部座席へ、篠崎は運転席の左の助手席へ乗り込んだが、三人とも車内があまりに寒いので身震いした。
もしや、西大島の服装に合わせた温度設定なのかと篠崎は疑ったが、本来なら避暑地にあるべきこの温度を早くも受け入れた。
白手袋を着用した西大島がエンジンをかけ、ギアを入れてアクセルを踏むと、黒塗りの高級車はウイーンという音を上げて慎重に動き出した。
そうして滑るように走る車は、気持ちの良い加速で遅刻を挽回するかのようにグングンと速力を上げ、炎天下で外出する人がまばらの市街地を風のように抜けた。
左右の遠くに見える山まで広がる畑と点在する農家を背景に、一行を乗せた車は前方の緑豊かな小高い山を目指した。