1.炎天下の避暑地
篠崎…………私立K高校文芸部所属。一年生の眼鏡男子。フレームは銀
菊川…………同。一年生の眼鏡女子。フレームはピンク
曙橋………同。一年生の眼鏡女子。フレームは黒
一之江………文芸部部長。二年生でお嬢様
西大島………一之江家の執事
八月のお盆の頃。年々気温が上昇して国内の最高気温の記録が塗り替えられている中、誰もが晴天を恨めしそうに仰ぐが大自然の猛威を前にして為す術もなく、『暑さ寒さも彼岸まで』の言葉が示す気候の和らぎをひたすら待ち望む。
とはいえ、異常という形容詞が付くほどの敵わぬ暑さは体温を超え、『心頭を滅却すれば炎天下もまた涼し』ともじってみても、正直な肉体は精神論を振り回す脳を無視してSOSのサインを出す。
そこでまずは手っ取り早く、人工的な涼気を求めて空調を効かせた建物の中に立て籠もるのが常套手段であるが、割と自由な時と金を手中にしている者達は茹だるような暑さの土地からの逃避を図る。旅立つ土地は自分達人間が住みやすいように自然に手を加えた物だが、結果的に熱気を増やしている原因の一つになっているとの反省をも置き去りにして。
そのような一団が好む避暑地の一つにQがあり、彼らがこぞって避暑の宿を求めて降り立つQ駅に、今日もレトロな客車がブレーキ音を響かせて停車する。
車両から大きな荷物ごとホームへ吐き出された乗客たちは、『夏旺ん』と一句詠みたくなるような垂直の陽射しを蒲鉾形の粗末な屋根が必死に遮る場面を目の当たりにし、ここまで来ておきながら涼しげな風が一切出迎えないという呪われた運命を大いに嘆く。
異常気象は、自然が局地的に引き起こして人類へ警告をしているのではなく、至極当たり前な話なのだが、広範囲の空間的事象なのだ。
大人も子供も恨み節を口にして、手のひらサイズで裏が黒い切符を改札口の横長の穴に吸い込ませ、四輪のキャリーケースの取っ手や旅行用バッグの取っ手を握りしめながら、駅舎の外で渦巻く熱気の中へ飛び込んで行く。
そこで客待ちをしているマイクロバス、もしくはタクシーの、冷気すら暖まる車内では、胸元を開けた運転手が露出した肌に噴き出る汗を手ぬぐいで拭きながら、ゾロゾロと現れた客の姿をどれが自分の客になるのかと思いながら見つめている。
目的地へ向かう小型の移動手段を得た旅行者が駅舎の前から姿を消し、熱気と蝉時雨が残った後、5分間の停車時間を経過した車両が駅員一人に見送られて旅立つ。駅員はそれから、ホームの上を忙しい息遣いをしながら改札口を目指して猛ダッシュする三人の旅客の背中も見送った。
元々の作品は単独でしたが、続きがあるような終わり方になっていますので、改訂を機会に前編としました。後編は新作となります。