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 ひんやりした固い土の上でマコトは目覚めた。


 周囲は薄暗く、空気はほんのりと湿り気を帯びている。

 起き上がろうとしてみて、マコトは全身が思ったように動かないことに気が付いた……縛られているのだ。腕は背中側に回され、荒縄で乱暴に巻かれてしまっていた。

 頭上からは、ケタケタと甲高い笑い声が降って来る。うっすら目を開けるとマコトを攫った若者たちが例の婦警と共にいた。


「しっかし悪い女だよなぁ、こいつもよ」

「いえいえ、むしろ、流石はアニキの女って感じですよ」

「なんだぁ、褒めてるつもりかよぉ? おいジュン、こんなガキ捕まえてきて一体どうしようってんだ?」

「……いいじゃない、理由なんてどうだって」


 暗闇でもハッキリと分かる。婦警は薄ら笑いを浮かべていた。

 「悪女」という表現が相応しそうな顔つきだった。


「お互い、得する事しかないでしょ?」

「ケキャキャキャキャキャッ! ちげーねぇな!」

「あ、このガキ目ぇ覚ましてますよ」

「起きろガキ、おらっ」


 振ってくる声が罵声に変わり、マコトは乱暴に上体を引っ張られる。

 皮肉にもようやくそれで全容が拝めた。マコトはどこか寂れた工場の敷地内に幽閉されていたのだ。周囲には、高価そうな割に使われなくなって久しい雰囲気の工作機械がずらりと並んでいる。


 マコトを取り囲む若者は全部で四名。全員がお揃いの、何とも派手めで他者への威圧に特化した様なファッションで身を固めている。その正体にマコトはしばらく経ってから思い当たった。カラーギャングとか、ストリートギャングなどと呼ばれる前時代の遺物たちだ。ここ数年、街のチンピラたちが海外から流れ込んだ武器を手に入れ凶暴化しているというニュースを聞いていたが、まさか自分が出くわすとは。


 完全に取り囲まれてしまっていて逃げ場はない。声を上げても外に届くとは限らないだろう。マコトが思わず顔をしかめていると、ギャングらの背後から婦警が進み出て、目の前にしゃがみ込んだ。


「さてと、五十嵐マコトくん……用件は分かってるわよね? 君は許されざる罪を犯した。とーっても大きな罪をね。これから、それを償って貰わなくちゃいけないの」

「あなた、やっぱり……!」

「君を地獄へと連れて行くわ。ご主人様が望む――深い深い、絶望の淵まで」


 婦警の両眼がまたしてもギラリと発光した。

 マコトはまたしても戦慄を覚えたが、背後のチンピラギャングたちはそれに気がついていない。自分を誘拐した相手にも拘わらず、マコトは慌てて彼らに警告を発していた。


「は、早く逃げて……彼女はロボットだ。このままじゃ、全員殺されるぞ!」

 それを聞いたギャングたちが一瞬、狐につままれたような顔になる。少し遅れて、けたたましい笑い声と荒っぽい拍手が辺り一面を包み込んだ。控えめに言ってそれは人間というより、興奮したサルの軍団とでも形容するのが適切な光景だった。


「冗談で言ってるんじゃない、本当なんだ!」

「ジュンが、ロボットだぁ? こんなイイ女がロボットな訳ねぇだろーが!」

 リーダー格らしき男が前に出てきて、マコトをあからさまに嘲笑する。

「ゲハハ、怖くてイカレちまったのか?」

「チビってんじゃねぇぞーぉ!」

「ふざけてる場合じゃないんだ、本当に――」


 言い終える前に、ガッと殴りつけられる。婦警の手には、いつの間にか黒い警棒の様なものが握られていた。衝撃でひっくり返ったマコトの元に、幽鬼の様に立ち上がった婦警が近づいてくる。


「――ここが地獄の一丁目」

「う……ぐう……っ」

「懺悔するなら、今のうちに聞いてあげてもいいわよ。ご主人様は君の恐怖と苦痛をご所望……けど、少しぐらいは許す気になるかもしれないね」

「……君らは一体……何が目的なんだ……」


 頬に走る激しい痛みと、白く明滅する視界の中で混乱しながらも、マコトは声を絞り出すようにして問うた。両腕を縛られた状態のままでも額を支えに、なんとか自力で立ち上がろうとする。


「父さんと母さんを殺して……次はボクのことまで……ボクらが一体何をしたって言うんだよ! 誰なんだよご主人様って!」

 再び、警棒で無造作に殴りつけられる。

 マコトは声も上げられず、地面に這いつくばる羽目になった。


「とぼけるのは良くないよ? 可愛い顔して意外と悪い子なんだねぇ、君」

 マコトを見下ろす婦警の声が、口調とは裏腹に徐々に感情の籠もっていない不気味なものに変わっていく。

「……知らないよ……知らないんだってば……」

「白状しちゃった方が、楽になるってなんで分からないかなぁ」


 そのまま繰り返し、何度も何度も、警棒で執拗に殴りつけられる。

 この間も、婦警の顔つきにはまるで変化がなかった。積み重なる激痛と視界の白熱で、次第にその確認さえも困難になる。気付けばマコトは、むせた様に咳き込むばかりで声も上げられなくなっていた。


「お、おい、そいつ本当に何したんだ?」

 ギャングのうちの一人が、唐突に不安そうな声を上げる。

 婦警は警棒を握りしめたまま、振り上げた手を空中でピタリと制止させた。彼女の口の端が、にんまりと薄気味悪い笑みに染まった。

「……なによ、怖いの?」

「い、いや、さっきからすげえ容赦ねえから、気になって……」

「ビビってんじゃねーぞ、テメェ黙ってろ!」


 リーダー格の男に恫喝され、言い出した男はすごすごと引き下がる。

 婦警は質問には答えず、いきなりマコトの髪を引っ掴んで立ち上がらせると近くの工作機械の前まで強引に引きずっていった。

 マコトの上半身が、巨大なコンベアーの上へと放り出される。そこは巨大な裁断機の一部だった。数メートルしか離れていない場所に鈍い金属光沢を放つ回転ノコギリが大口開けて待ち構えている。

 婦警は、ギャングたちを無造作に振り返って言った。


「ねえ入れて……スイッチ」

「はっ……ははははっ、おい聞いたか!」

 リーダー格の男が、何が面白いのか決壊した様に高笑いを始める。

「やっぱりイカレてんなぁ、この女! はははっ、最ッ高だぜ!」


 男は近くの機械に近づくと、大した躊躇いも見せずにググッと作動レバーを押し上げた。

 耳障りな摩擦音を立て、残虐な円盤が高速回転しマコトへと接近し始める。その進路に最も近いのは、婦警に押さえつけられて動かせないマコトの右手であった。

 マコトは目を見開き、あらんかぎりの力を振り絞ってもがいたが婦警の怪力から逃れることが出来ない。非力な抵抗を続けているうちに、当の本人が覆い被さるように顔を近づけてきて言った。


「よかったねぇ君、腕がパカッと上下で割れる様になるよ。きっと作業も捗るだろうねぇ。とっても、とっても便利だねぇ」

「……お願いだ………やめて………やめ……!」

「ごめんね、それは出来ないんだぁ」

 無情な宣告によって、回転刃の接近が急速に早まった気がした。

 声にならない声を上げ抵抗し続けるが、今度こそ本当にどうにもならない。思わず目を瞑ったマコトの脳裏に、ふっとケイの姿が去来した。


「――マコト、何処にいるのですか?」


 その声は何処からか、何の前触れもなく聞こえてきた。

 瞑ったばかりの目をハッと開けて、マコトは工場の入り口がある方を見た。無数の機械類に阻まれて直接は見えないが、誰かが錆びついた通用口を開け、コツコツと足音を立て近づいてくるのが分かる。

 地獄に仏、いや地獄にメイドと言うべきだろうか。まるで、マコトの願いが天に通じたかのようである。


「GPSによれば、ここで間違いないですね……マコト?」

「ケ――」

「ふうん、なるほどね」


 声を上げるより先に、婦警のもう片方の手が伸びて来てマコトの口を塞いでしまった。顎が砕けるかと思うような凄まじい力で、殆んど呼吸も出来なくなる。婦警は何故か、今までよりもずっと面白そうな眼差しをマコトに向けてきていた。


「あれが君のメイドさんね。彼女が助けにくるって分かっていたから、こんな強情に抵抗してたんだ。それとも、時間稼ぎかしら?」

「おい、お前らッ……」

 顔色をサッと変えたギャングたちが、リーダーの合図で目配せし合い、すかさず近くに停めてあったワゴン車内から黒光りする物を次々に取り出す。全て機関銃や拳銃の類だった。どういうルートで手に入れたのやら、少人数の割にとんでもない武装の数々である。


「待って」

「あァ?」

 警戒を強めていたギャングたちだが、婦警にすかさず制止させられる。気が立った様子のリーダー格に対し、婦警は相変わらず余裕の態度だった。


「あれは一人よ。大勢で来てる訳じゃない。折角あげた銃と弾を無駄遣いすることはないわ。それよりも、私にやらせて貰えない?」

「……分かった。好きにしろよ」

「この子を預かってて」


 言うが早いか、婦警は裁断機からマコトを引っ張り上げると乱暴にギャングたちの手の中にマコトを突き飛ばす。自力で立つのもやっとなマコトは、受け渡されるなり声も上げられぬまま再び口を塞がれた。


「~~~~ッ!」

「黙ってろ、オラッ」


 先程と同じハンカチだったが、薬品が既に揮発し切っていたのか今度は気を失わずに済んだ。しかしその所為で、卑劣な作戦の一部始終を見せつけられる羽目になる。分かった上で敢えてそうしたのだろう、婦警は自身のリボルバー拳銃を取り出すと、マコトに見せびらかすようにした。


「……君なら知ってるわよね? この街の警官は、万が一ロボットが暴走した場合に備えて、通常の弾丸とは別に、鎮圧用の特殊徹甲弾を支給されてるの。三〇ミリの鉄板だってぶち抜ける威力よ」


 ワザワザ説明してくれながら、婦警はその特製の銃弾を拳銃に込めていく。本来、拳銃用に作られた徹甲弾というものは存在しない。だがロボット製造の過程で特殊な合金が多く開発されたために、この街でだけはそうした特注品が必要とされているのだ。

 一方、武装した相手が待ち構えていることなど知らないケイは、工業機械の迷路を抜けてどんどんこちらに近づいて来てしまう。近くで稼働し続ける回転ノコの音で、声が掻き消されて詳細が分からない影響もあっただろう。


 ほんの目と鼻の先にあるプレス機の影から、再びケイの声が聞こえてきた。


「……マコト、そこにいるのですか?」

「マコトくんは今、怪我をしていて動けないわ。早くこっちへ来てあげて?」

「マコ――」

 ケイが物陰から顔を出したその瞬間、腹の底を震わす様な炸裂音が工場内に轟いた。銃口が火を噴き特殊合金の徹甲弾がまっすぐケイのこめかみに命中。衝撃でケイの上半身はバランスを崩し、スローモーションのようにゆっくりと反対側へと倒れていった。

「…………ッ!」


 思わず飛び出しそうになったマコトだが、羽交い絞めにされて婦警の邪魔をすることさえ敵わない。その間にも婦警は狙いをつけた拳銃から四発、五発とありったけの徹甲弾を躊躇もなくケイに向けて発砲。殆んど全てが頭部に命中していた。

 メイド姿の少女がフラフラした足取りで機械の影に倒れ込み、落下してきた廃材の山に押しつぶされてしまうと、ギャングたちは相変わらずサルの群れも同然な嬌声を発してはやし立てた。


「これで、邪魔者はいなくなったわね」

 マコトはただひとり、頭が真っ白になったような気がしていた。ハンカチは口元から取れ、羽交い絞めも解けたが、その場に崩れ落ちてしまって何もすることが出来ない。

 婦警がそんなマコトの胸倉を掴み、立ち上がらせる。もう抵抗する気力さえ湧いてこなかった。


「さーて、お仕事の続きね。まともに口も聞けなくなっちゃったみたいだけど……安心して? こんなものじゃ終わらないから。もっともっと沢山、苦痛を与えてあげるから♪」

 そう言って彼女が再びマコトを裁断機に横たえると、待ってましたと言わんばかりに、一旦は定位置に戻っていたハズの回転ノコギリが、マコト目掛けて動き出す。


「つうか、ジュンお前」

 その時、リーダー格の男がふと思い出したように言った。

「よく片手撃ちであれだけの弾、全部命中させたな。お前があんなに銃上手いなんて知らなかったぜ。反動とか平気なん……」

「…………」

「……おい、ジュン?」


 そう、婦警は六発分すべての射撃を右手一本で行っていた。

 反動で照準をブレさせることも一切なく、的確に標的の頭目掛けて。

 婦警が、ギャングたちの方をゆっくりと振り返る。回転ノコの刃がマコトにあと一歩のところまで近づく。


 その瞬間、シュルルルッと風を切り裂く音がして一枚の円盤が何処からともなく飛来、ギャングたちの眼前の機械に命中し火花を吹き散らした。

「「「「……ッ!?」」」」


 婦警とギャングたちが、予期せぬ出来事に一斉に仰け反った。

 それは銀色の円盤だった。いや、円盤というよりも給仕が使う円形トレイに似ている。制御盤が破壊されたことで、マコトの首筋に迫っていた回転ノコがたちまち動作を停止した。

 婦警による拘束が解け、台の上から転げ落ちるマコト。

 ひどく咳き込む彼に構わず、婦警は機械に突き刺さった銀の円盤に近づいて様子を伺う。トレイの裏には大きな星型のマークが刻まれていた。


「これは……」

「なんだぁ!?」

 トレイが飛来した方角を、同時に振り返る婦警とギャング。そこにはなんと廃材の山の上で仁王立ちする、相変わらず無表情で、しかし全く無傷なケイの神々しいばかりの姿が存在していた。


「……な、ななななななな、なんでだ。どうなってんだ!?」

「……チッ」

 予想外過ぎる事態に、ギャングたちは急速に狼狽え、婦警は舌打ちする。


「なんでアイツ生きてんだよぉ!?」

「マコト……帰りが遅いのでお迎えに上がりました」


 ギャングの悲鳴もお構いなく、鉄仮面メイドは抑揚のない声で自らが主人と呼ぶ少年に向け告げる。工場内へと差し込む陽光が、後光となってケイを包み込む。マコトは思わずその美しい雄姿を仰ぎ見た。

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