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「――お帰りなさいませ、ご主人さま」

 黒のワンピースに白エプロン。質素なクラシックメイドの姿をした少女が、直立不動の姿勢から両手を前で組み、斜め四十五度のお辞儀をする。

 しばらくして顔を上げる。鉄仮面の如き、見事なまでの無表情だ。


 銀髪に碧眼、カチューシャを添えたツーサイドアップの髪型と、美少女と評するのに全く申し分ない組み合わせ。日常を送るにはいささか不便かもしれないその鉄仮面も、見方を変えれば一分の隙も無い、いわばパーフェクトメイドたる彼女を形づくる一要素であった。


「ご主人さまがお席を離れている間、お食事の準備を整えておきました。さあどうぞ、お座りになってくださいませ」

 鉄仮面メイドの徹頭徹尾恭しい態度とは裏腹に、主人である五十嵐マコトは困惑の色を隠しきれていない。何はともあれ、彼はひとまず促されるまま席につくことにした。


 閑静な住宅街の一角にある、生垣に囲まれた広い敷地。

 そこに立方体、正確には正六面体の箱をいくつも縦横に組み合わせた独特な外観を持った一戸建てがある。『五十嵐ロボット工学研究所』――表札近くにはそんな看板が掲げられている。マコトはそこの主人だった。


 ちなみに主人といってもマコトはまだ中学生。メイド当人よりも背の低い、ごく普通の少年にほかならない。その一階部分のテラスにてマコトはメイドと相対しているのだが、絵面だけ見ればいかにもいいところの坊ちゃんと召使といった構図であった。


「ケイ……」

「まずはこちら、ミルキーウェイクッキーです。ご主人さまの好みに合わせて生クリームたっぷりに仕上げさせて頂きました」


 ケイと呼ばれた鉄仮面メイドは、いつの間にか取り出した銀色の円形トレイからテーブルの上へ、よどみない動作で件のメニューを設置する。

 磁器製の黒い皿に星型のクッキーが並び、更に川の流れを模したかのような波打つ白い生クリームが配置された様は、名前の通りまるで天の川。ミルキーウェイクッキーとはよく言ったもので、撮影すれば実にSNS映えしそうな見た目であった。


「本日のお紅茶はセイロンティー、ディンブラ産のストレートになります。こちらもご主人さまの好みに合わせて、少々熱めの七十℃前後に調整いたしております」


 トレイ同様、何処からともなく取り出したアンティーク調のティーポットを傾けると、ルビー色の液体がコポコポとカップに注がれた。注ぎ終えた紅茶をマコトの前に差し出すと、ケイは音もなく一歩下がって微動だにしなくなる。しかしその目は、何かを期待するようにじっとマコトを見つめていた。

 マコトは思わず目の前の食事とケイとを交互に見つめ返した。


「あの……さ、ケイ……言いにくいんだけど」

「あっと、うっかり失念しておりました。これより最後のトッピングをいたしませんと。メイド謹製、美味しくなるおまじないです」

「お、おまじない?」

 ケイは得心したが如く、ポンと拳と掌を打ち鳴らす。唐突な発言にマコトの困惑は深まるばかりだった。


「宜しければ、ご主人さまもメイドの私と一緒にご唱和ください」

「……えーっと」

「美味しくなあれ美味しくなあれ、萌え萌えきゅん」


 両手で可愛らしいハート型を作って、胸元からマコトの食事に向かって目視不能のおまじないビームを照射するケイ。その声には、徹頭徹尾抑揚の欠片も籠っていなかった。


 表情も、完璧に無のまま。必要もないパーフェクトぶり。

 とどのつまりは、何から何までが機械的なのだった。

 すべての動作を終えてのち、ケイは何事も無かったかのように姿勢を正す。

 まるでノルマは達成した、と言わんばかりだ。


「ではこれにて、私は下がります。他に何か、ご用命あれば……」

「……あのさケイ、ひとつ言っていいかな」

「はい、何でございましょうか」

「流石に三食連続で紅茶にクッキーはちょっと」

 青空の下のテラスが静けさに包まれた。ケイの表情筋は微動だにしない。


「いや、美味しいんだよ? 美味しいんだけどね、いくらなんでも朝昼晩とこれは胃がもたれるというか栄養バランスが悪すぎというか」

「ご主人さま……ご主人さまは勘違いをしておられます」

「勘違いって何を?」

「正確には二日前の夕食から六食連続でございます」

「問題の大きさ倍増してるよね!? 尚更駄目じゃないか……あとずっと気になってたんだけど、急にとってつけたように『ご主人さま』って呼ぶのやめて貰えるかな。いつも名前で呼ばれてるのに、急に変わったからビックリしちゃったじゃないか」


「申し訳ございません。しかしマコト……」

「本当にあっさり戻しちゃったよ。まあいいけど」

「二日前に頭を強く打った所為か、このメニュー以外の調理法を失念してしまいまして……今、自力でレストアを図っている最中なのです」

「ねえ、それ初めて聞いたんだけど。一大事じゃないか。どうしてもっと早くに言わないんだよ」

「特に聞かれませんでしたので」

「またすっごい古典的な理由!」


 マコトは椅子からひっくり返るかと思った。これがステージ上のコントなら実際そうなってもおかしくないぐらいのアホらしい状況だった。


「なので現在、定期的に壁に頭をぶつけることで、記憶の再読み込みを図っております。尚、まだ一度も成功はしておりません」

「ひと昔前のテレビか!? どうしてよりによってそんなアナログな手段を選んじゃったのさ。あっ、最近また妙に廊下の壁に凹みが多いと思ってたけど、さてはそれが原因だな」

「ご高察を賜り、感謝感激の至り」


「言っとくけど、全然褒めたことになってないからね。むしろ気付かなかったこっちがバカみたいだよ」

「マコト、何処へ行かれるのですか」

「決まってるだろ、キミの修理する準備だよ! そんな状態で放っておいたら……って、うわっ!?」


 テーブルを離れて家に入ろうとしたマコトだったが、即座に背中を引っ張られるような感覚がしてバランスを崩しかける。よく見ると、マコトのパーカーの裾がケイの右手によって掴まれていた。

 が、当のケイ自身は元の位置から一歩たりとも動いていない。その肘から先だけが丸ごと分離し、数メートル離れたマコトの服を掴んでいるのだ。本体と前腕は、肘関節部から伸びた一本の鋼製ワイヤーで繋がっている。

 もはや説明の必要もないだろう。

 ケイは人間そっくりな姿をしたロボットなのである。


「いけません、マコト」

「急になんだよ。てか、不意打ちで腕発射するのやめろってば。ビックリするだろ……うわわわわっ、だから乱暴に引っ張るなって!」

 ケイが内部機構を動かしワイヤーを巻き取ったことで、マコトは後ろ向きにピョンピョン飛び跳ねるような形でケイの下に連れ戻された。ケイは自身の右腕を肘関節に接続し直すと、淡々と告げた。


「そんなことよりマコト、今この場を離れられるとせっかくの紅茶とクッキーが冷め、風味が損なわれてしまいます。その場合、マコトが口にしない危険が生じます。それは断じて阻止せねばなりません」

「今そんな場合じゃないよねぇ!?」

「私のことよりマコトの健康が第一です。特に思春期・成長期であるマコトは一食抜くだけでも心身ともに健康面に重大な」

「このまま毎日、クッキーと紅茶だけで過ごす方が健康に悪いから! 別にいいよ、風味が落ちるぐらい……ちゃんと残さずに食べるからさ」


「いえ、大いに問題です。ただでさえマコトはこの数日、私がご提供できない栄養素を補うため、私にも内緒でパンや野菜を摂取して栄養バランスの問題を相殺しようと腐心なされていますから」

「……えっ、それ、いつから」


 マコトは余りにもサラッと自分の隠し事をケイに言い当てられ、つい動揺を隠せなくなってしまう。

「私がクッキーと紅茶しか提供しないことに不審を抱かれても当然ですのに、マコトは私を気遣うあまり、何も聞かずに毎回完食して下さいました。ならばせめて風味だけでも、最上のものをご堪能頂きませんと」

「な、何を言ってるんだよ。いいかい? ボクがもし本当にキミのこと気遣ってるんなら、頭脳が故障してることに二日も三日も気付かない訳がないだろ。ボクはただ、ポンコツなキミに何を言っても無駄だと思うから、諦めてただけなんだよ」

「しかし今も現に、ご自身のお食事より私の修理を優先しようとして下さっています」


「ボクは紅茶とクッキーが続くのに飽き飽きしただけだよ。修理を優先するのはもうこれ以上食べたくないから! あくまでも自分のためであって、キミのためなんかじゃないんだ!」

「それならば、もっと早くにご指摘下さっても宜しかったハズでは? それに本当はもう食べたくないと思っているにも拘わらず、先程は残さずに食べるとまで言って下さり……」

「あああもう、うるさい! うるさい!」


 尽くケイに反論されてしまうため、マコトは次第にムキになり始めた。


「本当になんなんだよキミは。そうやって、やたらめったらボクのことを美化してさ! ハッキリ言って気持ち悪いんだよ! ボクはこれっぽっちもキミのことなんか考えてないんだからな!」

「絵に描いた様なツンデレ台詞ですね、マコト」

「うるさ――――い! そんなに言うならもういいよ……意地でも食べてやるもんか! 故障してたいなら永久に故障してろ、このポンコツバカメイド!」

「ところでマコト、デレるのはいつですか?」

「うるさいって言ってるだろ!? 知るかもう!」


 マコトはぷりぷり怒ってテラスから庭に飛び出すと、自宅の門を乱暴に開け放ってそのまま外に出て行ってしまった。

 その背中をケイは視線だけで追いかけていく。相変わらずの無言かつ鉄仮面ぶりだったが、結局手つかずとなったテーブル上のクッキーと紅茶に注がれた視線だけは、そこはかとなく寂しげであった。

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