008 ソウイの事情
「テイルさんは、この辺りではあまり見かけない、不思議な服を着ていますね」
俺が日本からそのまま着てきた服、ジーンズに長袖の黒シャツというラフなスタイルを見て、ソウイが不思議そうに指摘してきた。
「ん? ああ、これは俺が昔いた町で流行っていた服でな。……ちなみにソウイから見て、この服装はどう映る?」
俺は適当なことを言って服装のことを誤魔化した。
で、つでに俺の服はこの世界基準で見たときにどう映るのか気になったので、ソウイに訊いてみた。
すると、ソウイは即座に笑みを浮かべ、「カッコいいです、オシャレです!」と手放しで褒めて称えてきた。
しかし、命の恩人である俺に好感を持っている少女の言葉だ。
本心では、「クソダサファッションハゲ男」と思っている可能性が非常に高い。
俺は女の誉め言葉を安易に信じない男だ。
ニマニマ。
「服装もそうですが、テイルさんは不思議な髪形をしてますよね? それも昔住んでいた町で流行っていた髪形なんでしょうか?」
ソウイが屈託ない笑みを浮かべ、そんなことを宣った。
――――グフッ!
俺は心に致命傷を負った。
だが無理やり笑顔を浮かべ、
「そうだ、流行っていたんだ。オシャレでしているだけなんだ。決して禿げている訳じゃないんだ!」
言えば言うほどである。
これがどうでもいい野郎の言葉だったら半殺しにしてるところだが、相手は可憐な狐っ娘。
涙をぐっと堪え、笑顔でやり過ごすのも訳ないさ。
さて、二人で森を歩きながら、そろそろ一時間ほどが経過していた。
川辺を下流に向けて進んでいるが、景色は特に変わることもなく、モンスターとエンカウントしたりすることもなく、案外と道中は淡々としたものだった。
そんな中、俺はソウイから町の様子や世間の常識などを日常会話から聞き出していた。
そのソウイの話を要約すると、ここはマージャ王国という小国の北西にある大森林で、近くにはザリーパという国境の町があるそうだ。
その森を挟んで更に北に進むと隣国があり、マージャ王国とその隣国は友誼を結んでいるそうだが、それでも国境の町ということで、常に国王軍が常駐しているんだとか。
で、この国境に広がる大森林は、マージャ王国に置いて非常に重宝されており、多種多様に広がる資源、色々な素材になる魔獣が生息しているらしい。
よって、国境の町ザリーパは国の中でもそれなりに栄えており、その資源や魔獣を求めて冒険者が多く居住しているそうだ。
そしてソウイ自身も、両親と兄を含めた四人で冒険者をやっているそうだ。
――…1年ほど前までは。
「実は、2年前から妹が病気に掛かりまして、その病気が少し厄介なものだったのです。病気を直すには、コボル薬という非常に高価な薬を用意しなければならず、父と母、それに兄と私は必死になって働きました。ですが、1年前、森で大型の魔獣が見つかり、発見した場所が町と近かったため、冒険者ギルドから盗伐隊への参加依頼が出されまして。そして父と兄は盗伐隊に参加しました。提示された報酬金額がとても多かったので、二人は嬉しそうに出かけて行きました。――…それが、二人との最後の思い出になりました。その後、帰還した盗伐隊の隊長さんに、二人は果敢に戦い、そして命を散らせてしまったと聞き、母と妹と私の三人は、何日も泣きました……」
……ここまでの話を、俺は黙って聞いていた。
話が重すぎて、何も言葉が出てこない。
とりあえず、若ハゲ如きで悩んでいた自分を殴り飛ばしたい気分だ、とだけ言っておこう。
「その後、母は妹のために冒険者を続けたんです。……ですが、残念なことに、母は森の探索の最中に命を落としてしまいました。その時に、母と一緒に探索をしていた冒険者達の話によると、信じられないことに、母はジャイアントボアに殺されたそうなのです。母はとても強かったのに、その母がジャイアントボアに後れをとって命を落としたなんて、私には信じられませんでした」
ちなみに、後程、鑑定さんに尋ねた結果(毛12本で)、俺が戦った巨大猪がジャイアントボアだった。
だが、普通のジャイアントボアは精々が体長1メートルぐらいであり、俺が戦ったボアは3メートル以上あったことから、鑑定さん曰く、『あれはジャイアントボアの王ですねー』ってことらしい。
異世界での初戦が王とのバトルなんて、オラ、わくわくすっぞ!
で、一応疑問に思ったのでソウイに確認した所、ソウイの母を殺したジャイアントボアは普通のサイズだったらしい。
よって、俺が燃やしたジャイアントボアとは無関係っぽい。
俺がこの手でソウイの母親の仇を取ったのかと思ったが、そんな劇的なことはありませんでしたね。
えへへ。
で、その後も、世界ソウイ劇場は続いていった。
「父と兄に続き、私は母も亡くしてしまいました。……妹の病気も悪化し続け、このままでは死んでしまいます。……ですが、もう少しで薬を買うお金が溜まりそうなのです。そして、多分ですが、今回の探索で得た素材を売れば、何とかその薬を買えそうなのです。私はそれが嬉しくて、先刻、妹が待つ家に急ごうと近道を辿り、そしてあのポイズンウッドに襲われました……」
もうね、なんて可哀想なんだ、この狐っ娘。
……いや本当に、助けられてよかったよ。
「ですから、本当に助けて頂いて、感謝のしようがありません……。本当に、本当に、有難う御座いました!」
ソウイは歩みを止め、俺に向かって深く頭を下げた。
ついでに狐耳もピョコリとお辞儀していた。
「いやいや、頭を上げてくれ。それに礼はいらない。俺が君を助けられたのは単なる偶然だ。本当に気にすることはない。だから、金目の物とかも、何もいらないからな」
「い、いえ、そう言う訳には……っ!」
手をあわあわと振りながら焦りだすソウイ。
「んー、じゃあ、ありきたりなことを言ってもいいか?」
「は、はい、何でもどうぞっ!」
よし、俺は今から臭いセリフを言うぞ。恥ずかしいが、言ってやるぞ。
「元気になった妹と一緒に、ありがとうって言いに来てくれ。俺にとっては、それが一番のお礼になるからな」
よし死のう!
自分で言っておいて何だが想像以上に心へのダメージが凄いっ!!
うわこれは恥ずい死にたい殺しちくりっ!!
恥ずかしいセリフ禁止っ!!
禁止ぃーーーー!!!!
残毛 86,972






