007 合意とみてよろしいてすね?
大木の化物とのバトル開始!!
バトル終了!!
いやぁー、怒濤炎竜を放ったら、大木の化物は一瞬で丸焼けになって、あっという間に決着が付いたよね。
これ多分、強力な魔法で、さらには思いっきり弱点を突いたことによってオーバーキルが発生したっぽい。
この魔法を教えてくれた鑑定さん、様様である。
だが現在、非常に困ったことに、この場には妙な三すくみが生まれてしまっていた。
今の今まで大木の化物と死闘を繰り広げていた冒険者の二人は、横合いから突然現れた俺に対して、驚きを通り越し、恐怖に押しつぶされ、二人してその場に倒れこむと、ガタガタと震えながら俺のことを見上げ、尋常じゃない発汗、目鼻口から汁という汁を垂れ流しながら、少しずつ後ずさっていた。
その怯え方が尋常じゃなく、俺は逆に怖くなって逃げだそうとした。
だがその俺の腕をつかみ、離さないまま何度もお礼を言う魔術師の少女。
その少女なのだが、頭の左右に犬耳がピョコンと付いていた。
よく見ると、お尻の方から尻尾も見える。
所謂、獣人というやつだろう。
その三組が、何とも言えない空間を作っており、俺はこの場で何を優先するべきなのかを考えた。
そしてすぐに答えは出る。
「お、おい、そこで倒れている二人を、さっさと介抱したほうがいいんじゃないか? 死にそうだぞ?」
人命救助である。
「あ、そうでした! ニックさん、ビッケさん、今薬草を――…」
急いで二人の元へ駆け付けた獣人の少女は、肩にかけた荷袋から何かを取り出そうとした。
だが、二人の様子を確認した後、少女はポシェットから手を離し、二人をその場に寝かし並べて、瞼をそっと閉ざしていった。
「二人とも、優しくって、とてもとても大好きでした。今まで有難う御座います。……どうか、安らかに」
少女は目を伏せ、二人の亡骸に手を乗せ、頭を垂れていた。
この獣人少女の行いは、この世界での冥福を祈る形なのだろう。
――そうか、間に合わなかったんだな。
俺がもたもたしている間に、二つの命が散っていたのか。
突然、異世界に来て、混乱のさなかでの人死にだ。
だからこそ、現実感なんてないはずなのに、それでも眼の前で現実としてある悲痛な光景に目が眩む。
もう本当、この世界に来てからずっと辛いことばかりだ。
「ふぅ……。そこの君、辛い気持ちは痛いほどわかるが、ちょっと俺の話を聞いてくれないか?」
魔術師の少女に対して厳しいことを言っている自覚はあるが、先ほどから発狂しそうなほど怯えている二人の冒険者がいるので、さっさと話しを進めて誤解を解いておきたい。
いっそ怯える二人が気絶して、静かになってくれた方が楽なんだが、あまりの恐怖状態に気絶すらできないらしい。
ままならないね。
「あ、ごめんなさい。……あの、お話、伺います」
そう言いながら振り返った少女は、怯えている二人を訝し気に見やり、何かを察したのか、俺に説明を求めてきた。
まだ十歳前後に見えるというのに、とても聡い少女である。
俺は自分が化物に見える呪いに見舞われていることを少女に話し、そして偶然ここを通りかかったおり、少女の悲鳴が聞こえ、助力を求められたので助太刀した、と簡単に説明した。
その雑な説明だけで納得したのか、少女はこくりと頷き、少し離れていてくださいと済まなそうに言った。
俺は頷き、来た道を少し戻って、ちょうど良い高さの石に腰を下ろした。
数十分後、お待たせしましたと頭を下げながら獣人の少女がやってきた。
「大変、お待たせしました。あの二人には、お兄さんの身の上を説明した上で、二人だけで町まで戻ってもらいました。お兄さんが姿を消したら、割と直ぐに正気を取り戻したので、お兄さんの呪いは眼の前にいる人物にしか影響を及ぼさないのかもしれませんね」
それなりに丁寧な敬語、呪いへの理解力、そして自分なりの呪いへの解釈。
この少女のスペックの高さに、俺は驚きを隠せない。
――いや、嘘だ!
見栄を張りました。
犬耳少女から「お兄さん」と呼ばれ、俺はただただ少女の可愛さに悶絶していた。
「あの、聞いてます?」
「ああ、すまん、ちょっと色々あって考えが纏まらなくてな。……で、君はこの後、どうするつもりだ? あの二人の冒険者を先に帰してしまったら、君は一人だろう。町までの道のりが危険じゃないのか?」
そう聞くと、少女は俺のことを指差し、
「お強い魔術師のお兄さんがいるので、大丈夫かなって思っています。助けてもらった上に頼る形になるので、後程、私が支払えるものなら何でも差し上げます。ですから、町までの護衛も、お願いできませんか?」
小首を傾げ、上目使いで見上げて来る少女。
だが俺には呪いがあり、町へ近づくと、どうしてもリスクが付きまとう。
俺は心を鬼にして、少女に言った。
「安全な道中を約束しよう」
ムリムリー。断るとかナイナイー。
この状況で断れるやつは人間じゃないね。
それに、この有能な少女が呪い持ちの俺のことを理解した上で町まで護衛して欲しいと言っているのだ。
きっとそこには理由があり、そして呪いへの対策も何か考えているに違いない。
俺は全幅の信頼を獣人の少女に向け、護衛を了承した。
決して可愛さにやられた訳ではない。
「有難う御座います、とても心強いです! それから遅くなりましたが、私の名前はソウイです。狐の獣人で、年は10です。簡単な魔法を幾つか使えます。本当に簡単な魔法程度ですが。それで、お強いお兄さんのお名前を伺ってもいいですか?」
ソウイ、狐の獣人、十歳、可愛い、簡単な魔法を使える、目が少しだけ吊っていて狐目、犬じゃなく狐耳、ショートヘアー、背は140センチぐらい、可愛い、狐尻尾、敬語を使用、毛並み良し、色は金色。
ふむ、狐の獣人の少女ことソウイに関しての情報はこんな所か。
俺は一つ頷き、簡単に自己紹介をする。
「俺の名はハ――……――テイル、だ。気安くテイルと呼んでくれ。とある理由で呪いに掛かっちまって、仕方なく身を隠しながら暮らしていた。年は十六。あまり身の上については説明できないから、今教えられるのはこんなもんだ。これから少しの間、よろしく頼む」
とりあえず、異世界から転移した云々は秘匿しておいた。
大っぴらにして良い情報かどうかも分からないし、情報がリークされて危険に陥る可能性もあるし、それにこの情報がこの世界でどういった影響を及ぼすのかが未知数過ぎる。
つまりこの狐っ娘のソウイが俺の情報を持つことの意味を考えると、彼女の身にも凶刃が向く場合も十分考えられる。
そう色々と考えた結果、まあ秘密にしておくのが良いだろうと結論付けた。
「はい、これからよろしくお願いします。では、私が町まで案内をするので、歩きながら何かお話ししましょう。町までは8時間ほどの距離なので、今から出れば、日が沈むまでには到着しますよ」
そう言われ、ソウイを先頭に、俺たちは二人で森の中を歩き出した。
道中、ソウイの狐尻尾が歩くのに合わせて左右にフリフリと揺れていた。
その狐尻尾を見ているだけで、俺の疲弊した精神はベホマ並みに回復していくのだった。
残毛86,984