表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

第2話 「東より来たる、妖しき道化」

 数分後、家臣に連れられて現れたのは、奇妙な出で立ちをした男だった。


 紙芝居師と名乗る男は、全身黒ずくめだった。

 神父の着るような縦長の黒い貫頭衣と、頭にはこれまた黒の帽子に、派手なクジャクの羽を一枚。


 まるで道化だ。


 白金の巻き毛に、甘い端正な顔立ちという、女好みの外見をしているだけに、ちぐはぐという印象がぬぐえない。

 おそらくまともな装いをすれば、貴族の子女の一人や二人釣れるだろうに。

 だが男はそれを知りつつ、あえて滑稽に見せているような気がした。


 紙芝居師は、芝居がかった様子で恭しく頭を下げる。


「お初にお目にかかります。このたびは私どものような一介の旅芸人を御身の前に――」

「前口上はいらない。嫌いなんだ。そういうまどろっこしいの」

「それはそれは。では失礼して」


 紙芝居師はそう笑って、荷物にかけられていた布を取り去る。


 人の背丈ほどの木枠の台座に、両手を広げたぐらいの大きさの紙が収まっている。

 これが紙芝居、か。


「……初めて見るな」

「そうでしょうね。なにせ、ここよりはるか東の小さな島国でのみ演じられるものですから」

「これは、お前一人で演じるのか」

「はい。紙芝居というのは、基本的に一人で行うものです。ご覧になる方は、何人いらっしゃっても構わないのですが」

「ふーん」


 これを使ってどのように演じるのか、いまいち想像できなかったが、見ればわかるだろう。


 腕を組んで、エドワードは促す。


「まあいい。始めてくれ」

「はい」


 紙芝居師が、木枠に手をかける。

 すると台座の脇から、はめ込まれていた紙が抜き去られ、二枚目の紙があらわれた。

 森の中にたたずむ城の絵が描かれている。


 なるほど、これが劇の役割をするわけか。


 紙芝居師は台座の後ろに回り込むと、朗々と語り始めた。


「昔々、とあるところに、小さな王国がありました」


 それは、どこか引き込まれるような声だった。

 透き通るような、それでいて、絡みつくような不思議な音色に、微睡にも似た欲求に襲われる。


 夢から覚めたばかりの、うつろな気分で、エドワードは耳を傾けた。



 ――その国には、三人の王子様がいました。

 一番目の王子様は、頭が良くて、真面目な男の子。けれど、お母さんが女中なので、いじめられていました。

 二番目の王子様は、優しくて、親切な男の子。けれど、頭がよくなかったので、いじめられていました。

 三番目の王子様は、賢くて、格好いい男の子。人気者で、みんなから愛されていました。


「三番目の王子様、ばんざーい!」

「あの子が次の王様になるんだね」


 みんながみんな褒めるので、三番目の王子様は嬉しくてたまりません。

 けれど、みんなが三番目の王子様ばかり構うので、二人の兄王子たちは面白くありませんでした。


「僕の方が先に生まれたのに」

「僕の方が大きいのに」


『どうして、がまんしなきゃいけないの?』


 二人の兄王子たちは、相談しました。

 森の中で、ひそひそひそ。


 もっとみんなに愛されたい。

 でも、三番目の王子様がいる限り、みんなは自分たちを見てくれない。


『だったら、三番目の王子がいなくなればいいんだ』


 二人は森の蛇さんの家に行くと、ぶどうを一房もらいました。

 それは、甘いあまーい、毒ぶどう。


 お城に帰った二人は、三番目の王子様の皿に、こっそりと毒ぶどうを――。



 ガシャーンッ!


 つんざくような花瓶の割れる音に、エドワードの意識が覚醒する。

 気づくと、宙に浮いた右手が震えていた。

 いや、腕だけではない。

 全身から血の気が引き、冷たく痙攣している。


 自分が花瓶を落としたのだと気付くのに、三呼吸分の時間を要した。


「おや。いかがされましたか、殿下」


 台座の横から顔をのぞかせた紙芝居師が、平然と問う。


「……いかがされた、じゃない。何だ、これは!」

「何だとおっしゃられましても。これは紙芝居という代物で」

「そうじゃない。俺が言いたいのは」


 エドワードはのどを鳴らし、つばを飲み込む。


「これは、まるで――俺の人生じゃないか!」


 そう、これはまさに、自分の物語。

 名前こそなかったが、この三人の王子たちは、エドワードたち三人の状況と完全に一致していた。


 激昂するエドワードに、紙芝居師がいけしゃあしゃあと答える。


「殿下がそうおっしゃられるのなら、そうなのでしょう」

「馬鹿にしているのか」


 双眸に力を込め、紙芝居師をにらみつける。


「とんでもございません。私が言いたいのは、これは鏡、だということなのですよ」

「鏡……?」

「そう」


 ほんのわずか、意識をずらした瞬間、紙芝居師が一気に顔を寄せる。


 エドワードは息を飲んだ。

 まつげ同士が重なり合いそうなほどの距離に、突如、自分の領域を踏み荒らされていく感覚に襲われる。


「貴方の心の奥深くに眠る欲望。それに呼応して、この紙芝居は鏡となります。心に何のよどみもない者にとって、これは単なる絵芝居となりますが、貴方のように暗い欲望を抱えた者の前では、これは真に望むものを映し出すのです。たとえば――自分を暗殺しようとした犯人、などを」

「俺の、欲望……」

「実際そうだったのでしょう? 私は、紙の裏側におりますから、どういった絵が映し出されているのかは存じ上げませんが、殿下には見えたはずです。貴方の、貴方だけの物語が」

「だが、もし、もしこれが本当なら……」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ