プロローグ『黒き紙芝居と、悪魔の誘惑』
「さあて、皆様お立ち会い! これから始まるは、世にも奇妙な暗黒夜話。幼き王子の復讐譚にございます」
漆黒の闇の中、銀の髪をたなびかせて、悪魔が踊る。
それは妖艶な踊り子のようであり、潔癖な処女のようであり、艶やかで華やかで、それでいて清楚で恐ろしい。
辺りはしんと静まりかえっていた。
生きとし生けるもの、すべてが眠りにつくような異界の刻は、まるでこの世に悪魔と自分しか居ないように錯覚させる。
悪魔の側には、木枠の台座にはめ込まれた絵本のようなものが佇んでいた。
だがそこにある絵は、真っ黒く塗りつぶされ、その姿を映すことはない。
なのに、そこには確かに息づいていた。
地獄の獣のような、確かな昏い欲望が。
「……っ」
声を出したつもりなどなかった。
だが、その吐息に悪魔が突如、動きを止める。
石像のように直立すると、視線がこちらを捉えて離さない。
「ああ! お待ちしておりました、我が主! 美しく、そして醜い強欲なお方」
「主……?」
瞬く間に、悪魔はこちらの後ろに立つと、うなじに濃密な吐息を吹きかける。
「復讐したい相手がいるのでしょう? 憎くくて憎くてたまらない相手が」
首筋をかばうように、こちらが飛び退けば、悪魔はクスクスと嗤う。
冷や汗が流れた。
心臓が跳ね上がる。それは恐怖からくるものであったのかもしれない。
けれど、ならば今この胸にたぎる想いは何なのだろう。
高揚にも似た、この感情は。
「何、を……」
「心配ございません。貴方のその想い、この紙芝居が叶えましょう」
気づけば再び正面に回った悪魔が、木の枠から一枚、紙を引きずり出す。
真っ黒な紙がひらりと、地へ落ちた。
「では始めましょうか。これは貴方だけの欲騙り。復讐紙芝居の、始まり、始まり――」