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果月16日
貴女が字を覚えるために、私がわざわざ付き合っているのに、僅か5行しか書いてこないというのでは話になりません。それから、一文一文が短すぎます。単語が分かるだけでは文章が書けることにはなりません。きちんと、形容詞の付け方や定例文の書き方を勉強するようにしましょう。
それから、これはあえて一言言っておきますが、私は貴女に餌付けなどしておりません。勘違いしないでいただきたい。ただ単に、貴女がお菓子に対して異常なほどの執着心を見せているから、哀れに思い、たまたま手元にあったお菓子を与えただけにすぎません。
断じて、街で評判の菓子屋から取り寄せたりなどしていませんから、そこのところは貴女のホゴシャによく伝えておきなさい。
そうそう、それから、このノートを彼に見せるのは論外であり、何でもかんでも彼に伝えるのもどうかと思いますよ。ホゴシャと言えど、プライバシーはあってしかるべきです。わかりますね? 今後は、よく自分で考えて行動してください。
「……と、書いてある」
「あらら? でも、こんな上級者向けの文章じゃ、私一人じゃわかんないのに」
難しい言葉が多すぎて、早々に日記を読み解くのを断念した私は、お昼休憩を待って、保護者であるジルに、リドル様の書いた日記を読んでもらった。
城の食堂だと目立つから、食堂のおばちゃんに頼んでお弁当を作ってもらい、こうして中庭で二人、サンドイッチにぱくついている。パンにはさまれた焼き肉が、肉汁たっぷりでジューシーで、とっても美味しい。国は違えど食に対する感性に違いがないことは、とても素晴らしいことだ。そして、水筒に入れてもらったヤギのミルクは、冷たくて甘かった。
ぷはっと一息つくと、ジルが少しだけ呆れたように私を見て、ナフキンで顔を拭われた。肉汁が付いていたらしい。ジルはとても綺麗に食べていたけど、これは口の大きさのせいだと思う、うん。可愛らしい私の口がいけないのさ、きっと。
ところで、ノートをジルに見せるなと言われても、無理な相談というものだ。彼の他に、こんなことを頼める人がいないのだから。
外国人である私が、この国の言葉を不得手とするのは周知の事実だけど、自分が書いた日記?を平然と他人に見せるほど厚顔ではないつもりだ。ジルにはもう、色々今さらだから良いんだけどね。
リドル様に読んでください、なんて言ったら、また怒られそうだし、仕方ないんじゃないかな。
「わざわざ菓子を取りよせてまで……」
呆れたように息を吐くジルに、今日リドル様からもらったお菓子の包みを私は思い出して、手提げカバンから取り出す。
「なんたらって有名店のお菓子だって。ちょっと食べたけど美味しかった。お昼のデザートにとっておいたの、一緒に食べよう」
すごく美味しかったから、ジルにも食べさせてあげようと思ったんだ。
決して、後でジルも買ってくれないかなあ、なんて思ったわけじゃないよ! だって、私の給料じゃ、とてもじゃないけどお菓子なんて嗜好品に手が出ないんだもの。第一、店の場所も分からないしね。
ジルはしばらく、差し出されたお菓子と私の顔を交互に見てから、それはそれは深いため息をついた。
何だ、この善意に満ち溢れた私に何か言いたいことがあるのか?
「リドル子爵はもう諦めるが、他から菓子をやると言われても、くれぐれも知らない人間からもらうな。ついていくなよ」
当然だ。そんな幼い子供でもない私に何を言っているんだ?
「――後で、俺がやるから」
「? うん」
深く、深くため息をつくジル。
何を悩んでいるのだろう。よくわからないが頷いた。とりあえず、後でジルがお菓子をくれるらしい。
さすがジルだ。