天才
――ゲーム開始から、丁度1週間経った頃だった。
「やれやれ……あっけないものじゃのう」
一人の老人が、ため息混じりにそうぼやいた。
ここはとある村。
ホーミンの村からは何里も離れた辺境の集落。
その村の中心地で倒れた大木に腰掛けながら、たくわえているその真っ白に伸びた髭を撫でた。
――村は、業火に包まれていた。
強い熱気があたりを渦巻き、家屋のほとんどが真っ赤な炎に包まれている。
元の住民の気配はほとんどない。
というより、その人の気配そのものがない。
老人と、ある若者以外は。
「――落雷ッ!!」
その発音と共に響くのはけたたましい雷鳴。
一筋に宙を駆ける雷が地面を穿ち、その衝撃が村中に響く。
「全く、覚えたての魔法をバカスカ撃ちまくりおって……」
焼け落ちた家屋の屋根が落下し、パチパチと煙を上げる。
――やがて、一人の男が戻ってきた。
赤い髪の伸ばし、黒いサングラスをかけた若い男だ。
それなりにがっしりとした体格に、その世界観には似つかわしくないアロハシャツを着ている。
男は余裕そうに笑みを浮かべながら老人のもとに歩み寄った。
「――首尾は?」
「村の連中なら全員焼いた。あんたが逃げた奴らを撃ち漏らしてなきゃ全滅だ」
「儂がそんなヘマするか。お前に魔法を教えたのは誰だと思うとる」
老人は機嫌の損ねたように吐き捨てる。
「これで焼いた村は4つ目か。そろそろ王都の奴らが勘付く頃合じゃのう」
「――いつ頃軍が押し寄せて来るんだ?」
「早くても10日はかかるじゃろうな。王都の兵共は腰が重い。国にとって驚異だと感じない限りはそうそう動かんわい」
「――遅いな」
男は首元をボリボリと掻きながら口元をへの字に曲げる。
「さっさと戦争がしたいのは儂も同じじゃ。そうなればこの国のアホ共に溜まりに溜まった恨みという恨みをぶつけてくれる」
「だからってチマチマ村を焼くのにも飽きたぜ。そろそろドカンと皆殺しにできそうな舞台が欲しいもんだぜ」
「――お前は本当にイカれとるのう。殺戮に魅せられすぎとらんか? ヒデキ」
「そんなんじゃねえよ」
ヒデキと呼ばれた男はばつの悪そうに吐き捨てる。
「まあよい。その時が来ればお前にも働いてもらう。この大魔導師バルデルの名を恐怖と共に知らしめてくれるわ」
バルデルという老人の口元が醜く歪む。
その表情には年を経て煮凝ったであろう怒りの感情が満面に現れていた。
「――なあ、ジジイ」
ふと、ヒデキが老人の背後に立った。
「なんじゃ?」
「アンタは俺に魔法を教えてくれた。その魔法ってやつは、もうこれで全部か?」
「何を今更……お前は天才じゃ。この大魔導師バルデルの持ち得る全ての魔法をお前には伝授した。儂の後継者としてな。それもたったの3日ばかりで。これ以上教えることなどないわい」
「そうか……」
そう安心そうにヒデキは笑うと、右手を振り上げた。
――空気が、爆ぜた。
「――じゃあ、もう用はねえわ」
「ッ!?」
その時、バルデルは背後で魔力が奔流するのを悟った。
だが、発動の速度が早すぎて反応ができただけ。
「――落雷」
そう唱えた時には、ヒデキの右手から雷が閃光と共に放たれた。
瞬間に空気を薙ぐ雷はバルデルの背中を焼く。
「があああッ!!!」
高いエネルギーを持って放たれた雷によってバルデルは感電し、地面を引きずるように倒れた。
背中は焼け焦げ、ドス黒い血が流れる。
「き、貴様……どういうつもりだ!?」
恨めしそうな眼差しでヒデキを睨むバルデル。
そんな手負の老人をヒデキは冷たい表情で見下ろした。
「悪いなジジイ。あんたもこの村の連中と同じで"クリア条件"の対象なんだわ」
ヒデキはのたうち回るバルデルの背中を踏みつける。
「ぎあぁッあああッ!!!」
「この世界の連中と戦争。こっちにとっちゃ願ってもない話だ。でもな、そこにアンタはいらねえんだよ」
グズリと焼け爛れた肉が潰れる音が鳴る。
「き、さま……」
「じゃあな」
バルデルが負けじと魔力を集中させようとした時だった。
「落雷」
ズドンッ! とバルデルの頭上に落雷が落ちる。
その雷はバルデルの脳天に直撃し、その中身ごと焼き尽くした。
振り上がりかけたバルデルの右手はパタリと地に落ち、物言わぬ骸と化した。
「…………」
その様子を何の感慨もなく見つめたヒデキは静かにその場を離れた。
「NPCとしちゃなかなかに役に立ってくれたぜジジイ。国の連中くらいアンタの代わりに俺が殺しといてやるよ」
手をひらひらと倒れるバルデルに振り、ヒデキは燃え盛る村から離れていく。
「その前に、人数稼ぎしないとな。さてと、次の村は――」
その後、辺境の村々が数日にして滅んだという話が王都に舞い込んだのはしばらく経ってからのことだった。
◆
ゲーム開始から14日後の頃だった。
ホーミン村のとある家。
「――これだけの数があれば十分ですかね」
「問題ない。むしろ多いくらいだよ」
その家のとある一室ではツバメとホーミン村の村長が机を挟んでの話し合いが行われていた。
「これだけの装備さえあれば村の防衛には事欠かない。ありがとう」
話し合いとは、この村の持つ装備の類についてだ。
聞けば、ホーミン村はほとんどが農業で成り立っている村。
衛兵のような存在が外敵から守ってくれているような村ではない。
つまりその辺の自衛は村人自らが行わないといけないのだ。
そこで問題になるのが、装備。
この世界での武器は中世レベルとそう変わらず、武器には剣や槍といった刃物。防具には鉄製の鎧といったものが多い。
だがホーミン村には蓄えが多いわけではなく、十分な装備が揃えられるほどのお金がない。
そこで、ツバメのスキルの出番だった。
部屋の隅には、ツバメのスキルによって生成された剣や槍、鎧などといった装備一式が並んでいた。
部屋に入りきらない分は外に並べてある。
「ツバメ君には世話になりっぱなしだね」
「そんなことないですよ。僕もいつも良くしてもらって助かってます」
ツバメがこの村に訪れてから丁度2週間くらいだろうか。
スキルを使って村の手伝いをしていく中でかなり生活にも馴染んできた。
最近では村の住人達にも顔を覚えられ、子供達ともよく遊ぶ仲だ。
未だにハルの家にお世話にはなっているが……
それにこの村の人達はみんな明るくて気さくな人が多い。
そんな村で居心地よく暮らせて、ツバメも悪い気はしていない。
「君さえよければ、この村に永住してくれてもいいのだがね」
「すみません。それは……」
ツバメは村長の誘いをやんわりと断る。
ツバメだって、いつまでもここにいていいわけではないことは理解している。
こうして暮らしている間にも、ゲームは着々と進行している。
プレイヤーの残り人数に変化はないものの、そろそろ何か動きがありそうな頃合だった。
(やっぱり、他のプレイヤーになんとしても接触しないと)
「ああ、いいんだ。君は旅人だろう? そういうのは性に合わないのだろうな。はっはっは」
そんな様子を見て村長は溌剌に払う。
「ともかくこの装備はありがたく使わせてもらうよ。最近物騒だからね」
「物騒?」
この村でそんな物騒なことが起きたことないと思うんだけど……
「いや、噂なんだが最近村を回っては焼き払っていく悪党がいるらしくてな。ここから離れた辺境の村では被害が出ているらしい」
「そ、それは怖いですね……焼き払うってことは魔法か何かでしょうか?」
「そういう話も出ているな。何分ここから距離のある場所での話だ。詳しいことはわからない」
どうやらこの世界でも村を襲ったりするような悪人がいるらしいな。
こんな平和な村でしか暮らしていないから、この世界の善悪について触れる機会がなかったのかもしれない。
「そのことでこの後隣の村に行って話し合いの席が持たれてるんだ」
「隣の村っていうと……コルダ村ですか?」
「ああ、コルダの村長と色々話し合ってくるよ。お付で何人かこの村からも連れて行くつもりだ」
隣の村か。
この世界に飛ばされて2週間だが、そういえばこの村からほとんど出たことがない。
せいぜい畑で作業するか、森に行って食材を拾ってくる程度だ。
そろそろ、活動範囲を広げてもいい頃かもしれない。
「村長さん。その話し合いに僕もついて行ってもいいですか?」
「君がか?」
「はい。僕の力でお役に立てることがあるかもしれません」
「ほう――」
村長は少し考え込む素振りをして、答えた。
「確かにツバメ君の力があれば、色々と交渉できそうなことが増えるな。装備のこともある」
なるほど、そういう打算か。
僕の作った装備を隣の村にも使ってもらえれば、それは良い貸しを作ることになる。
「それに君が来てくれるなら色々と心強い。是非頼むよ」
「こちらこそ」
そう言って、ツバメと村長は握手を交わした。
◆
隣の村への出発は、今から3時間後ほどらしい。それまでに準備をしてくれとのことだ。
「まずはハルのところに行かなきゃな」
どれくらいの移動になるかわからない。ハルにはちゃんと説明したほうがいいだろう。
そう思い、ハルの家に向かって歩いていると。
「あ、お兄ちゃんだ~!」
ふと、声をかけられた。
子供の声だ。
「アミー」
「ねえねえひま? 遊ぼうよ!」
声をかけてくれたのは村の子供だ。
名前はアミー。元気な女の子だ。
栗色のショートカットを揺らしながら元気に走り寄ってきた。
「ごめん。今から村長と一緒に出かけないといけないんだ」
「え~つまんないの~」
そう言うと膨れたように不満そうな声を上げる。
「いつも一緒にいるケイとかロットとかと遊べばいいじゃないか」
「今日はみんな家の手伝いで遊んでくれないの」
「そりゃ残念」
「あ~あ。だったらあたしもハルおねえちゃんについていけばよかったな~」
「ハルは今家にはいないのか?」
「うん! 森に行くって言ってたよ」
なるほど、森か。
恐らく木の実を取りに行ったか、泳ぎに行ったかのどっちかだろう。
「ありがとう。じゃあちょっと森に行ってくるよ」
「あ、ずる~い! あたしも行く~!」
「また今度遊んであげるから」
そう言ってなだめようとしても嫌だ嫌だとごねるアミー。
好かれたなぁ…とツバメはごちるが埓があかない。
「しょうがないなぁ。じゃあ……」
そう言ってツバメは右手を開く。
そして、集中。
淡い光が右手の中に収束していき、パッと弾けた。
「これあげるよ」
「……これは?」
「けん玉」
ツバメの右手にはけん玉が握られていた。
「こうして遊ぶんだ」
ツバメはけん玉を器用に手繰ると紐で繋がれた赤い球を引っ張りあげる。
そして綺麗に木の穴にストンと落とす。
続いて左右の穴に交互に球を入れ替えるようにコンコンと操る。
そして最後に決め技と言わんばかりにけん玉の棒に球を差し入れた。
「――すごい」
「だろ? こんなおもちゃ誰も持ってないぞ」
「あたしにもできるようになる?」
「練習すればね」
ツバメはアミーにけん玉を手渡した。
珍しいものを見るようにアミーはけん玉を掲げる。
「明日またこれで遊ぼう。その時までに練習しておいてくれよ」
「――うん、わかった! 約束だよ!」
「ああ、約束だ」
ツバメはアミーの頭を撫でる。
(なんか、どんどん村を出て行きづらくなってるな……)
村長や村の人からは信頼されて、子供達にもこうして慕われている。
これじゃあゲームどころじゃない、というのはわかっている。
けど、全然悪い気はしない。むしろ――
「じゃあね。またあした」
「――うん!」
アミーの満面の笑みを見届けて、ツバメは森へ向かった。