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4.特務

 指揮所はボロ布を棒切れで立てかけただけの、テントと呼ぶのもおこがましいような佇まいだ。屋根の下では、中隊長ギルと、小隊長の…名前なんだっけ?…とにかく小隊長と中隊長が待っていた。


 ギルは沈鬱な表情で俯いている。

 その額には無数の皺が刻まれており、上裸の筋肉質な体には包帯がいくつも巻かれている。


 戦で兵が犠牲になる度、彼の皺が濃くなるようだ。驚くべき事だが、彼はこの中隊のみならず連隊の全兵士の名前と出自を記憶している。入れ込み過ぎだとは思うが、良い隊長だろう。


 そして強い心を持っている。

 部下の手足が千切れ、首が飛び、痛みに泣き叫ぶ声が響く戦場を数百回に近い数乗り越え、指揮しているが、彼は正気を失ったりしない。

 もういい年だろうに、鍛え上げられた肉体以上に精神は磨き抜かれているようだ。


 小隊長は珍しい事に女だった。

 軍服と革鎧の上からでも分かる、戦場に似つかわしく無い、グラマラスな肢体だ。

 青みがかった黒髪に、儚げな表情が美しい。

 表情が冴えないのは、隊員に犠牲でもあったのか…


「中隊長、待たせたな。」

 あえて気さくに声を掛けると、ギルはさっと立ち上がり、笑顔で俺を迎えた。

「アルバート殿!お呼び立てして申し訳無い、先の戦での剣さばき、お見事でした」


 ふっと笑い、いつもの世辞を躱す。

「よしてくれ、大したことはしていない。」


 ギルも顎髭をさすり、ニヤリと笑う。

「ご謙遜を、今日は幾つ首を落とされた?今まで落とした首は一個大隊分はあるでしょう…おっと、こちらのレディの紹介がまだでしたな!年寄りは無駄話が長くなってしまうもので」


 ギルが話を振ると、革鎧の美女はサッと立ち上がり敬礼した。


「隣接する前線エリアDにて小隊を指揮しております、エミリア・グランデと申します。二つ名をお持ちの特記戦力にお会い出来て光栄です。」


 ふわりとした笑顔で、歌うように自己紹介をするエミリア。

 どう見ても戦場の似合う女じゃあない。

 都のオペラハウスのディーバがお似合いだ。


 俺は軽く挨拶を返し、ギルに向かって話があるんだろ?という顔をしてみせる。

 咳払いを一つすると、周囲に人のいないのを確認し、彼は今回の七面倒な特務について語り出した。


「連隊長殿から特務の指示がありました…が、そもそもの指令の出所はオーガスティン卿です。」


 特務、管轄外だが?


 オーガスティン卿。


 王都でもやり手の権力者だな…利権に聡く、わが国では外交を担当している。

 つまり、頑なに停戦の調印をしたがらない政治家の一人だって事だ。

 この戦争で諸外国を上手く利用し、私腹を肥やしているなんて黒い噂も立っているが、俺は経済は専門外なのでよくは分からん。


「で、そのオーガスティン卿様はなんだって?」


 渋い顔をしてギルは指令書に目を通す。


「ウリダン国との紛争地帯の最前線において、魔術の動きあり、至急調査されたし。尚調査員に特記戦力、一騎当千のアルバートを動員せよ。との事です…」


 魔術…太古の昔に失われた技術だ。

 その力は水をワインに、岩石を黄金に、人を神にするという。


 顎に手を当て考える。

 髪が眉下まで伸びてて鬱陶しいな…

「ウリダン側が太古の遺物を用いて魔術を利用しようとしている可能性があるということか、だがそれが物理的に可能な話であったとして、俺を使う理由はなんだ?それに、最前線で起こっている実用段階の実験の情報をオーガスティン卿が知っているのも解せん。」


 ギルは渋い顔のまま語る。

「裏を取ろうとしたのですが、いかんせん時間が足りず…即時出立との知らせが出ている以上、モタモタしていれば兵の中に紛れ込んでいる虫に密告されるでしょう。そうなってしまうと面倒だ。」


 虫、つまり間者だ。

 オーガスティン卿の事だ、どうせ前線にまで自分の息のかかったものを忍ばせているだろう。


 ここで、今まで大人しくしていたエミリアが人差し指を立てて俺たちを見る。

 発言を促してやると、桜色の唇が心地いい音を紡ぎ出す。

「一つ提案が。私が小隊と共にアルバート様に同行しましょう。我が小隊は連日の戦で人数を減らし、今現在私を除き全15名です。この人数であれば調査任務であっても支障は出ないでしょう。」


 なるほど、理にはかなっている。

 もし、オーガスティン卿が何がしか罠を仕掛けていたとしても、ギルが随行させた小隊の面子を証人に、奇襲攻撃と内通者の存在を訴えることが可能だ。

 勿論全員葬り去られたりしたら話は別だが、俺がいる時点で他の特記戦力を持ち出さない限り、それは不可能だ。

 ハメられたとしても、なんとか小隊を守りながら帰還することは出来るだろう。


 問題は、この女がなぜ俺たちに同調して、オーガスティン卿に裏があることを前提としているか、だ。

 ギルがこの場に同席を許している時点で、話を聞かせても問題はないと判断してはいる。

 だが俺は出会ったばかりの士官をそこまで信用ちゃあいない。


 もう一つ、個人的にも俺はオーガスティン卿を信用できない理由があった。

 2年前、成人の儀で奴と会った時…


 昔の記憶に浸りかけていた俺の思考は、ギルの咳払いで現実へと引き戻された。

「そもそも、調査任務を極秘特務指定、そして特記戦力を名指しでの依頼、さらには依頼の大元が外交官という異例だらけ、何がしか大きな意思が働いているのは間違いないでしょうな…アルバート殿、私からも彼女の小隊の随行を提言いたします。」


 ふむ、妙に肩を持つな。

 確かに特務は本来諜報部の頭である謎多き特務機関が発令し、特務専門の諜報員が当たるものだが。


 そもそもギルはどうしてこの女の肩を持つ?

 俺は敢えてエミリアの顔を見詰めながらギルに問う。

「信用できるのか?寝首を掻かれるのはゴメンだからな。」


 ギルは神妙な面持ちで答える。

「彼女の父上は”血の粛清”で処刑されました。」


 成る程、合点がいった。

 つまり、ウリダンの血を引く貴族の娘だったということか。やけに品のある女だと思ったら。


 俺は頷き、彼女に告げた。

「成る程、今は深くは聞くまい、だが後ほど話を聞かせてもらおう。」


 エミリアも同じく神妙な顔をして頷いた。

 これで話は纏まった。


 夜明けと共に出立だ。


 去り際、ギルに声を掛けられる。

「アルバート殿…魔術の件は…我々の”友”に問い質さねばならないでしょう。」


 俺は深く息を吐き、頷きでこたえる。

 既に日は落ち掛け、当たりには死体を埋める兵士達のスコップの音がこだましていた。


 俺はエミリアに事情を聞くべく、指揮所から離れ、共に歩き出した。

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