2.駆け出した黒い疾風
血の匂いだ。
吐き気がする。
血と鋼と、肉の焼ける不快な匂い。
何度嗅いでも、慣れるものではない。
季節は夏、砂地に陽が照りつけ、すぐに体の水分が失われて行く。
紛争の続いているこの国境地帯では珍しい、3日という小休止を挟んでの戦だ、兵士たちも気が緩んでいたのだろう。
先攻を取り、奇襲を仕掛けたウリダン側に比べ、やや士気も低く押され気味のようだ。
銀髪の壮年の男がこちらに向かって駆けてくる。
「アルバート殿!お待ちしておりました!」
この隊の中隊長を務めているギルだ。酷い格好してんな、砲弾が直撃したのに、無理やり治療薬でドーピングさせて動いてやがる。体の至る所に今にもパックリ開きそうな裂傷がいくつもあるし、とてもじゃないが現場で指揮を取れる状態じゃない。
ここは俺に任せてもらうか。
「中隊長、あとは俺に任せて、貴方は後方に下がっていてくれ」ギルは何か言いたそうな顔をしたが、命令不服従にあたるとでも思ったのか、略式の敬礼をして、脚を引きずりながら後方に下がって行った。
軍団の指揮に関しては俺は奴には及ばないだろう。だが、単一の戦闘力としては、奴は俺の足元にも及ばない。
それでも彼が優秀な人材で、長年王国に貢献してきた存在だということに違いはない。
こんな所で死なれちゃ俺が大目玉を食らう。
戦況は良くない。明らかにウリダン側が押しはじめている。一手、士気を上げるためにも俺が出るべきだろう。
幾度となく決めて来た覚悟。
自分を殺し、他人を殺す覚悟を決めた。
一つ深く呼吸して、俺は後方から前線を目指して駆け出した。