ギャップドロップ
「やめろって!!ばぁかばぁか!!」
彼女を言葉で表せば、明るく、能天気で、煩い。今日だって男子に混じってふざけ合い。きっとこの後に先生に怒られ、席に座るだろう。あんなに騒いで疲れないだろうか?
これが俺の思った、最初の彼女への感想だった。
クラスのも慣れてきた、高校生活2年目。男子とふざけ合っている彼女とは、阿山 未李のことだ。クラスの中心人物とは言わないが、それなりに目立つ人物だった。
「たっく、この華の乙女に何てことするの!」
「おい、全国の乙女に謝れよ。女子であること自体疑わしいのに」
「何言うんだ君。何処から見ても女ではないか。」
「お前一回死んでこいよ。生まれ変わってやり直せ。」
と男子はドンッと背中叩く。
「いっ」
それは思ったよりも大きな音が鳴った。力を入れすぎたと、小さく「ヤバッ」と言った。しかし、謝る前に「これぐらいで私が負けるかぁぁぁ!!」と男子のおでこをベシッと叩いた。それを見た俺は何となくため息を吐いた。
昼休み、何となく煩かった教室にいるのが嫌で、他に過ごせる所がないか俺は廊下を歩きながら考えていた。図書室は・・・ガラでもないし、保健室はそれはそれで居辛い。
「ん」
頭に浮かんだのは屋上。鍵が開いてなくてもその入り口で昼寝でもしてようと思い、屋上に続く階段へ足を進めた。階段を上っていくと、少し薄暗いが外の光がやんわりと入ってきてるのが分かった。それと同時に誰かの声が聞こえた。先客が居るのか・・・と少しがっかりしながら引き返そうとしたのだが、その聞こえた声がなんだかおかしい。階段の脇から首だけ出して、その声を主を見た。その瞬間俺は息を呑んだ。
「ひっ・・・う・・・」
それは阿山 李未だった。ここに居る自体驚きなのに、なんと彼女は泣いていたのだ。口に手を当てて、必死に涙と声を我慢して、それでも涙と声は零れるばかり。俺はその姿を見て目眩の様にくらっとした、目の前がチカチカとするような感覚に陥った。
「なにやってんだ?」
「っ・・・なっんで」
階段を降りようとした体を引き戻し、彼女の前に現れれば、息を呑み嗚咽を漏らしながら必死に声を出す。その姿にやはり先ほどの感覚は冗談ではないようだ。
「何やってんだ?」
「うっ・・・さい」
「そうだな・・・理由なんてどうでもいい。」
彼女に近づき、目の前に立つ。訳の分からないと言う様な顔をしている彼女に、にやりと自分でも分かるほど嫌な笑みを浮かべ言う。
「俺を気にせず泣いて?」
信じられ無いものを見るような顔をしながら「いやだ」と答えるが、その目から今にでも、雫が零れ落ちそうだった。それを見て、さらに俺は唇を吊り上げた。
「それじゃ・・・・このままだな。」
残酷な言葉をかける俺は、きっと彼女には悪魔にでも見えてるだろ。それも承知で彼女を座らせ、その隣に自分も座る。
「さ、泣いて」
そして、耐え切らず彼女はまた泣き出した。もともと、泣いていたのを無理やり止めていたので無理があったのだろう。手でほとんど顔を覆って、泣く彼女をただ俺は見ていた。
それが、俺と阿山未李の出会いだった。
元々私は強い人間ではなかった。
それがいやで、高校になってから自分を変えようと思った。しかし、いきなり変えるのは無理で、我慢できなくなってしまう。そういう時は屋上で泣くのだ。コレを繰り返していると『その時間』が精神安定剤代わりになってしまった。この時間なしでは私は『今の私』を保てなくなってしまった。やっぱり私は弱いままだ。
自分を馬鹿にして、いつものように屋上の前の階段で泣いていた。声を抑えても出てくる嗚咽が情けない。
「何やってんだ?」
そのとき目の前に現れたのは、クラスメイトの男子だった。
そいつの名前は金古 由弥。いつもくだらない様なモノを見るような冷たい目で世界を見ていた男子。そいつは、私を見「泣け」と要求してきた。信じられない。泣いてるところを見られたことだけでも一杯一杯なのに。そんな私をみて彼はもっと微笑を濃くした。そして、私は耐え切れず涙を流したのであった。
それから彼は、屋上の前の階段に行くと毎回のように座っていた。最初のうちは気になったが、私だって泣かなきゃ耐え切れない。私が泣くと此方をずっと見ているだけで、泣いている理由も聞かないし、慰めの言葉もかけない。もちろん抱きしめる事も無い。あくまで、ここに居るだけ。この頃は慣れてしまって気にならなくなった。ここを出たら、まるで他人で一切話さない。
「・・・ん。」
今日もそんな感じで、放課後になって泣き、それから10分のしない内に泣き終わる。手に持っていた手鏡で目を見てため息を付いた。目が真っ赤だ。目薬もってくれば良かった。
「・・・アンタも物好きだね。」
隣に座って私の様子を見ていた彼に、私は呆れた顔をした。
「アンタも良く飽きずに泣けるよね?」
嫌味な感じの笑みを浮かべ、ぐいっと私の顔を自分のほう向けた。
「うっせ。なに、惚れたの?」
「まさか」
はっと鼻で笑った彼に、少々イラっとした。まぁ、ここで「うん」とか言われたらこってが困っていたのだが。こんな歪んだ愛はお断りだ。
「それは良かった。」
と彼の手を叩きその場から立ち上がる。近くに置いてあった鞄を取り、階段をおりる。
「帰るの?」
「用は済んだし」
前を向いたまま、バイバイと手を振り、この場を後にした。
良く考えたら彼は部活に入っているのだろうか?まぁ、あんだけ放課後暇なら・・・やめよう。これ以上プライベートで関わりたくない。
「あ~あ場所変えようかな?」
私の独り言は春の空に消えていった。
「恋って何だろうね」
「は?」
泣き終った後私はぼそりと言った。それを聞いた金古は何を言ったこいつ?見たいな顔をしていた。変な顔。
「行き成りなんだ?アンタ恋したこと無いの?」
「失礼な。・・・・ま、ずっと前だけどね」
中学のとき先輩に恋をした。ああ、今思ったらガキだったな、と笑うと金古は「そう」と興味なさそうに窓を見た。つられる様に窓を見ると、思ったより明るくて目を薄めた。日焼け止めし忘れた・・・ま、イイか。
「結局、利用させるだけされて、バイバイしちゃった。」
我ながらあっぱれな振られ方。笑い話にもできない。それでも幸せと感じいていた自分が、一番救いようも無い。
「で、その時も泣いたのか?」
「それがさぁ、泣かなかったんだよね。まったく」
なんだろう、支えた物がパキンと折れた感じ。心の色んな物がすっと流れていった感じだった。だけど、悲しくも泣きできなかった。まさに、魔法が解けましたって感じ。
「逆に笑ってそうなんだって言って分かれたよ」
そのときの奴の顔ときたら、
「別れないでって言うと思ったのかね」
「たぶんな」
自分が愛されてるって言う優越感に浸りたかっただけの癖にウケる。と思った私は本当に奴が好きだったのだろうか?
じゃあ、あの感情は?でも・・・悲しくなかった。心がぽっかりなくなって、次の日から世界が、毎日が違って見えた事を覚えていた。
「ねぇ、幼稚園の子の好きと、高校生の好きってどう違うのかねぇ」
外の光で舞ったホコリが雪に見えた。そう言えば、雪もホコリから出来てるんだった。じゃあ、もしかしたら、コレもそれくらいの違いかも。根本的に違って、でも似てる。きっとその境界線は・・・
「だれも分かんないのかもね」
「・・・そうだな」
あ、聞いてくれてたんだ。と、思って私は窓から目線を外して膝に顔を埋めた。時間差攻撃かコノヤロウ。
「結局好きだったんじゃないか?取りあえず・・・」
泣くならこっち向けと、無理やり私の顔を上に向けた。鬼!と睨み付けると、くっと金古は笑った。
「なに惚れたの?」
「まさか。てか、それ前に私がいったし」
そして私は、また泣いたのだった。