The City Of Night
その日は、雨だった。
雨脚は強く、空を覆いつくした黒い雲はどうやら今日明日に止む雨ではなさそうであることを示唆してくれていた。
雨が降りしきるこの草原の中、少年と、少女、いずれも十をようやく越したころであろう兄妹がいた少年はその体に不釣合いな大剣を手に、妹をかばうようにして立っていた。
「くそっ……。」
殺気だった大勢の人々に囲まれて。
「坊主、妹さんをこちらに渡せ」
一人の男がうんざりしたように言った。
「いやだ!!」
「諦めろ、これもカミサマの思し召しだ」
少年の形相が一変し吼えるように彼は叫んだ。
「カミサマがなんだ!!今まで、カミサマが僕らに何をしてくれたっていうんだ!?両親だって、カミサマに殺され・・・・・・さらに妹も奪うのか!」
「なあ坊主。こんな決まり、知ってるか?」
そう言うと、男は拳銃を取り出した。少年の表情が凍りつく。
「カミサマの思し召しに背くやつは・・・・・・」
男は拳銃の照準を少年にあわせた。
それでもなお、少年はおびえる妹をかばっていた。
「死刑だってことを」
男が、躊躇なくトリガーを引いた。
銃口から発射された鉛の玉が、少年の細い体を容赦なく貫通する。
「うっ……」
「お兄ちゃん!!」
妹が、撃たれた兄の下へ駆け寄った。妹の華奢な腕を、少年がいとおしそうになでる。
「ミク……。」
少年は剣を支えに立ち上がり、妹を促した。
「逃げろ」
「いやだよ……お兄ちゃん……。」
妹は泣き崩れた。
「逃げろ……お前だけは……。」
兄は言った。
「お前だけは失わないから……」
少年は群集に突撃を敢行し。
「アホが」
男が、人々が、少年に発砲した。
それが当然であるかのように。
断末魔の叫びは聞こえず。
その少年は、『削除』された。
『……』
「さあ、巫女様、こちらへ」
「お兄ちゃん……。」
「兄は、カミサマに逆らい『削除』されました。彼が悪いのです。」
「違う……」
「チッ、仕方ない……。おい、巫女様をお運びしろ。丁寧にな」
男が、周りの人々に命令した。一人がおびえる少女の口元に布を当てた。
「ぁ……」
蚊の鳴くような悲鳴を残して、少女は意識を喪失した。
誰からともなく少女は、割れ物を扱うかのように、丁寧にいずこかへ運ばれていった。
野原に、少年を置き去りにして。
その日は、雨だった。
………………
…………
……
「……!!」
暗い。何も見えないその光景を目の当たりにしてから、初めて彼―神坂龍也は事実を理解した。
「夢、か」
随分といやな夢を見たものだ。……いや、こんなのは今までに何十、何百回と見てきた。そしてその度に激しい動悸と、寝汗にまみれた体で起きるのだ。
今回も例外じゃなく、俺の体はしっかりと寝汗にまみれ、激しい動悸がする。彼が殊更に眠ることを嫌うのはこのためだ。
チ、と軽い舌打ちをして、少年は起き上がった。
時計をちらと見て、大きくもない手でそれを鷲摑みにすると荒々しくカバンに放り投げた。
いつもは雑然としている部屋は、綺麗に―むしろ何もなく、床の上においてあったカバンも彼が背負ってしまったため、ここにあるのは彼が布団にしていたぼろぼろの布切れだけだった。
そう。それは―もう二度とここには帰ってこないということを暗示している気もする。
今日からこの部屋の住人ではなくなった彼は手早く着替えを済ませると、いとおしげな眼差しで部屋を見渡し、大剣を手に取った。
彼はもう既にこの部屋にはいなかった。
…………
『カミサマ』―それは未来を予知し人々を統制する大規模な人工知能集積体。
『巫女』―それはカミサマの声を聞き人々へ伝える唯一無二の女性。
カミサマと巫女は人々をコントロールし、諍いがなく平穏な『理想郷』へ人々を導こうとしていた。
人々はそれにおとなしく従うだけのアヤツリ人形と化し、『神様の思し召し』は絶対とされた。
例えそれが、いかなる犠牲を伴うものであろうとも―
…………
「人間はおろかだ」
そんな声が、機械の密集した部屋に響いた。
ただ、回るファンの音のみが聞こえるこの部屋に、白い服を身にまとい、その少女は立っていた。
「だから、私がカミサマの声を聞き、人間たちを理想郷へと導く」
その目には、何も映っていなかった。
「もうすぐです……もうすぐ」
彼女はそう吐き出すように言うと、闇に姿を消した。
…………
ウィン―カシャン。
ゲートが閉じる音がする。立ち入り禁止地区、A区域。そこにはカミサマのいる―ある、「ホコラ」のある場所だ。とても広大で、地平線が見える。
名前のとおり、ここは立ち入り禁止で、重度を示すレベルはA。入っただけ死刑は免れず、カードキーがなければ入れない。
そうして、少年の手から、カードキーが投げ捨てられた。
こんなもの、もういらないものだ。
「さて」
番兵がカードキーを持っていたのはいいものの、番兵を殺して―壊してしまったのだから、そろそろ緊急出動命令が下っているはずだ。
侵入者を排除する「機兵隊―地―」が自分の周りを取り囲むのに三十秒とかかるまい。
地平線が機兵隊で埋め尽くされ、空には「機兵隊―空―」が飛んでこちらに向かっている。
「しかたない」
少年は吐き捨て、大剣を抜く。かつては自分と同じくらいの大きさであったその刀身であったが、今となっては、軽々と操れる。
「フン」
刀が、龍也の手から放たれる。放たれた大剣は回転運動と加速度運動を同時にしつつ、そして、機兵隊―空―の大部分を蹴散らした。刀は弧を描くように飛び、少年の手に戻る。
ドゴオン、と爆発音が遠くで響き、その煙を切って矢が放たれた。
「む」
龍也は横に飛び、矢をよける。それを口火に、レーザーが次々と放たれる。
「チ、飛び道具とは卑怯な……」
少年はレーザーの雨の中、機兵隊に突進した。
…………
少女は、侵入者がいるとの報告を聞き、コンピューターの画面越しに彼の姿を見ていた。
「おろかな」
蔑むような声が反響する。
彼女は冷酷な顔つきで、画面をタッチし、画面が一斉に切り替わったのを見て、満足げに哂った。
「削除セヨ」
そんな言葉が、そこには表示されていた。
…………
ウィ……ン、と最後の機兵隊が機能を停止した。辺りには機械の部品が散乱し、ただ、一人の少年が大きく肩を上下させていた。
龍也は大剣を鞘に納め、はるか遠くの塔を睨みつけた。
「……待っていろよ……ミク」
そういうなり、彼は駆け出した。
塔をめがけ、全速疾走。
その疾走は、ものの数分で塔と少年の間の距離をゼロにした。
「はぁ…はぁ…」
ただ、龍也の息のみが聞こえる。この世界は静寂に包まれていた。
龍也は、長い階段を上り始めた。
大規模な人工知能の集積体と、運命に飲まれた哀れな少女がそこにいる。
…………
少年が、大きな扉を開けた。
暗闇の世界が、目前に広がる。少年は中へと入り。
そして、光が彼の体を一閃した。
斬、と。
「う……」
不可避の一撃を、彼は真っ向から受けた。
ボト、と彼の腕が床に落ちた。否、落ちたのは腕の外張りだけであった。
内側の、機械そのものの腕が、むき出しになった。
「十年間も、カミサマをうらみ続けたか」
そんな声が、部屋の奥から聞こえた。
「機械のような、人間のような、中途半端な体になってまで」
彼は、少女の顔をしかと見据えた。その顔は、十年前とはだいぶ違っていた。
「己が運命に抗うか!神坂龍也!」
「恨んでなんか……いないさ」
少年は、むしろ優しく否定した。
「ただ……俺は、妹の笑顔を取り戻したいだけだ!」
少年は、刀を抜いた。
「家へ帰るぞ!!」
少年の声は震えていた。その目に宿っていたのは。
「ミク!!!」
絶望と、それを圧倒的に上回る決意の色であった。
衝動書きにつき、ストーリー性を著しく欠如させてしまっていますが、これも自分の計画性のなさがなせる業なので。
これは教科書のとある小説から思いついたものです。その小説では、民はみんな笑顔の仮面をつけるよう強要されます。それにより争いは途絶えた現代、それに疑問を感じる少年を描いた短編モノですが、さて、それによって得た安寧は、果たして本物の安寧なのでしょうか?本作も同じようなことを問いかけてみようと試みていたり、いなかったり、実はフラッシュの影響もあったりとなんともアレなものになってしまいました。




