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7月

 本日は珍しいほどの快晴。青空がまぶしく、前日まで続いていた雨が嘘のように清々しい陽気だ。

 七月はじめ。一週間前に行なったテストが返ってくる日だ。

 戻ってきたテストの点数を見比べる。英語九十二点、国語八十九点、数学九十九点、化学基礎九十六点、化学と人間社会九十点……。

 今までの勉強の成果が出ている点数は、見ていて晴れやかな気分にしてくれた。


「よーし、じゃあテスト返すぞー」


 一日の終わり、最後の時間。現代社会のテストが、ついに返ってくる。

 点数、負けたくないな。

 テストが始まる前、ある雨の日図書室で、僕は織田さんと勝負の約束をした。苦手教科で点数が低かったほうが、相手にアイスをおごるという単純なもの。

 どれだけ小さなことでも、勝負と名がつくもので負けるのは嫌だ。僕は存外、負けず嫌いだったようで。

 先生が僕の名を呼んだ。返事をして、前に解答用紙を取りに行く。裏返しで渡された用紙を手に持って、席に戻る。

 どのくらい、取れたんだろう。

 裏返しの用紙は、赤いインクがうっすらと透けて見えていた。が、書かれている点数は読み取れない。

 ……なんだか緊張するなあ。

 苦手教科の点数を、ここまで気にしたことはなかったかもしれない。これも多分、織田さんとの勝負があるからだろう。

 ひとつ呼吸をして、解答用紙をひっくり返す。

 僕の名前の横に書いてある赤い数字に、すぐに目線を走らせた。


「六十……二点」


 ほかの教科と比べると圧倒的に小さい数字。いつも通りとはいえ、やはり悔しく思う。

 事前に配られていた模範解答を片手に、どこを間違えたのかと見直していく。

 図書室で勉強していた記述問題に関しては、悪くなかった。むしろ予想よりよくできている。要点を抑えて説明できているし、ケアレスミスだって少ない。代わりに選択問題や用語の解答に間違いが多く見られた。……これは単純に、記憶力の問題だろう。

 でも、六十二点。

 悪くない。

 というか、今までよりもいい数字。

 もう一度点数を確認してからファイルを取り出して、その中に解答用紙をしまった。

 透明のファイルの中で目を引く赤字の六十二点が、ちょっとだけ誇らしく思えた。

 テスト返しも採点ミス報告も終わり、授業終了のチャイムが鳴る。

 ホームルームもそこそこに、校舎内は一気に騒がしくなった。生徒のおしゃべりでいっぱいになった廊下を、みんなそれぞれ部活やら家やらにむかい始める。

 僕もその流れに乗って、校舎を出る。それから校門の前に立って、ぼんやりのんびり、人を待つ。

 見上げた空は真っ青で、四月に咲き誇っていた桜は、今は青い葉をめいっぱいに広げて木陰をつくっている。風がそよぐたび木の葉がこすれあって、さらさらと涼しげな音を聞かせてくれる。

 僕は織田さんが来るのを待った。

 校舎から出てくる生徒の波がひと段落したとき、やっと彼女は現れた。

 短く切られ外にはねているくせっ毛の髪を揺らしながら、きらきらと光る瞳を携えて、織田さんが校舎から出てくる。

 彼女は、照っている太陽をまぶしそうに睨みつける。それから正面をむいた瞬間「あっ、」と小さく声を上げた。


「カケルくーん!」


 大きくぶんぶんと手を振りながら、彼女がこちらにやってくる。僕も小さく手を振り返した。

 織田さんが僕の隣に並んで、にっと満足そうに笑った。それから自然に、僕たちは帰路につく。

 いつの間にか、織田さんの隣を歩くのが当たり前になっていた。何気ない毎日のことを楽しそうに語る彼女の声に、耳を傾けるのが日常の一部になっていた。

 何故だろう。こういう時間がもっともっと、たくさんあればいいのにと考えてしまうのは。

 とん、と軽く織田さんの肩とぶつかる。男友達や弟と全然違う感触だ。

 すごく近い距離に織田さんがいるのだと、改めて意識をしてしまう。

 ――なに考えているんだろう。

 小さく咳払いをして、彼女から一歩、距離をとる。それから意識をそらすためにと、適当な話題を探した。


「テスト、返ってきた?」


 タイミングよく、織田さんが声をかけてくる。いつの間にかあいていた距離に一瞬不思議そうな顔をするも、彼女はさして気にした様子を見せなかった。


「うん、返ってきた。そっちは?」

「あたしのところはあと一教科残ってるかな。でも、英語はもう戻ってる」


 坂を下って、川が見えてきた。水面に陽光が反射していて、きらきらしている。時折白い光が目を射抜いてくるから、視線をほんのり落とした。


「カケルくん、現社何点だった?」

「六十二点」

「げっ、」


 織田さんは苦そうに眉を寄せて、ため息をついた。


「現社苦手って言ってたのに」

「苦手だよ。ほかのテストより点数悪いんだから」

「えー、それでー?」

「……織田さんは? 英語、どうだったの」

「あー、やめてやめて。聞かないで」


 耳をふさいで「あー」と騒ぎ出した彼女は、そのまま駆けて川に架かる橋の上に行く。

 そこでくるりと振り返った織田さんは、笑っていた。満面の笑みを惜しげもなく、僕にむけてくる。


「二十五点だったー!」


 大きな声に驚き、僕はほんの一瞬だけ足を止めた。

 全身で笑っている彼女と、輝く水面の白い光に鳴き始めたセミの声。むこうの道路を走っていく車のエンジン音はどこか遠く感ぜられる。

 ――そのすべてが、まるで完成された絵画のようで。

 ああ、きれいだなあ。

 瞬間脳裏をよぎったそれを、もしかしたら僕は口に出したのかもしれない。織田さんはまた、ひときわうれしそうに笑った。


「約束どおり、アイスおごったげる。あ、でも安いやつね。たっかいカップアイスとかはなしだから!」

「そんな大人気ないことしないよ」


 意識して一歩、足を踏み出す。存外簡単に、絵画の中に入ることができるらしい。

 織田さんの隣に並んでから、僕たちはまた、歩き出す。きれいなものの隣に自分がいる。

なんだか、変な気分だ。

 橋を渡った先にあるコンビニに入って、ソーダ味のアイスを二つ買う。もちろん、僕のぶんは織田さんのおごり。勝負に勝ったんだから当然だ。

 コンビニを出てすぐ、織田さんはアイスを取り出し袋を開けた。中から木の棒に突き刺さった安っぽい青の塊が出てくる。


「歩きながら食べられないからさ、ここで食べちゃおうよ」


 店先にあるゴミ箱にビニール袋を捨てながら、織田さんはアイスにかじりついた。それから「つめたぁい」などとつぶやく。

 こんなところで食べていたら邪魔になるのではと思ったけれど、時間帯のせいなのかなんなのか、人の姿はまばらだった。

 彼女の真似をするように袋からアイスを取り出して、僕もかじりつく。

 冷たい氷のつぶが口の中で踊り、合成甘味料の甘みと香料たっぷりのソーダの香りがいっぱいに広がった。

 じわじわと鳴き続けるセミの声を聴きながら、また口の中に安っぽい青を詰め込む。


「あーあ、それにしてもなー。今回の英語、自信あったのに」


 彼女は不満そうに口を尖らせる。

 思わず僕は「……二十五点だったのに?」と聞き返してしまった。


「二十五点だからだよっ。こんなに高い点数とったの初めてなんだって!」


 そういえば図書室で勉強したときは、二十点以上取ったことないって言っていたっけ。


「本当、よくその点数で勝負なんて持ちかけられたね」

「なーにおーぅ。ほかの教科は自信があったんだよ、それなりに」

「ちなみに返ってきているテストで一番高い点数は?」

「……六十三点」

「なんだ、僕の現社と変わらないじゃないか」

「カケルくんの点数が高いんだよっ」


 不満そうに最後の欠片に噛み付いてから、彼女は残った木の棒を僕に突きつけてきた。反射的にほんのり距離をとる。危ない。

 織田さんはじっとりした目でこちらを見上げたのち、ゴミ箱に木の棒を捨てに行く。

 僕も最後の青を口に含んで、木の棒を捨てに行こうとして……はたと気付く。


「あ、たった……?」


 先のほうに黒く印字された「一本あたり!」の文字。

 初めて見た。あたり棒って本当にあるんだ。

 ゴミ箱から戻ってきた織田さんが、僕が握っているそれを見る。途端、ぱぁーっと顔を輝かせた。


「やったよ、あたりだ! もう一本!」


 まるで自分のことのように、彼女はやったやったと繰り返す。子どもがはしゃいでいるようだ。


「交換していこうよ、せっかくだしさ」


 きらりと輝く彼女の瞳と、目が合った。

 その瞬間、すとんと僕の胸の中になにかが落ちる。

 ああ、そっか。僕は、織田さんのことが好きなのかもしれない。

 彼女と別れてすぐ、次はなんの話をしようかと考えるのも。

 勉強を教えて欲しいと言われたとき、頼ってもらえたようだとうれしくなったのも。

 視線を受けたり距離が近くなったとき、妙に気にして胸元がざわざわするのも。

 彼女がいる景色を、きれいだと思ったのも。

 僕が彼女を、好きだから。


「……どしたの、カケルくん」


 不思議そうに首をかしげる織田さんを見て、自覚したばかりの気持ちがうずく。

 なんでか少し気まずく感じて、目線をそらす。それから、握りこんでいたあたり棒を彼女に差し出した。


「これ、あげるよ。僕は一本で十分だから」

「え、本当に?」

「もちろん。元々は織田さんのお金でしょう?」

「……じゃあ、遠慮なく」


 僕の手の中からあたり棒を抜き取った彼女は、そのまま「交換してくるー」とコンビニの中に入っていく。

 自動ドアが開き、冷やされた空気がひやっと僕の足や背をなでた。

 ドアが閉まったのを見て、僕は盛大に息を吐き出す。


「気付かないほうが、ましだったかも」


 いまだざわつく胸元を押さえて深呼吸。

 彼女が戻ってくるまでに、今までどおりになっていなくっちゃ。

 みんみんじゃかじゃか騒ぐセミが、夏はまだこれからだと告げていた。




   ◇ ◆ ◇




 テスト勝負負けたー! 架くん頭よすぎぃー!

 苦手教科の点数と、あたしの最高得点と変わらないってどーゆーこと! 努力の天才かー、いいなぁー。

 まず好きなことじゃないから努力でーきーなーいー。

 やっぱり、架くんって凄いんだなー。


 バザーは結局、受付として参加しなきゃいけなくなった。やっぱり関わらなきゃいけないみたい。

 すっごくいやだ、すごくいや。でも、これ以上わがままは言えないから、諦めなきゃいけない。

 教会は大嫌いだけど、稔さんは大好きなんだ。できれば迷惑は、かけたくない。


 ということでまずは早寝早起きから! ……って、いつもしていることだねこれ。

 おやすみなさーい。

次の更新日は2/6になります。

よろしくお願いします(*´∀`*)

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