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5月

 校舎から見える桜は、すべて葉桜になっていた。

 新しい学校にも慣れてきた五月。朝のホームルームで〈五月月間予定表〉が配られた。

 あ、これ。このあいだ彼女が階段から落としたプリントだ。

 端っこがよれ、少し黒くなっている予定表を手元に残し、後ろに回す。

 なんとなく、そのよれ方が特別なもののように見えた。

 それと同時に、かばんに付けていたストラップをなくしてしまったことを思い出す。白地に青がにじんだようなとんぼ玉がついている、地味なやつだ。

 あのとき、階段から落ちてしまった拍子に、どこかに飛んでいってしまったのだろう。そう思い、あの階段付近を探してみたのだが結局見つからなかった。

 ふう、と小さく息を吐き、窓の外を見る。

 風薫る五月とはよく言ったものだ。開けた窓からは爽やかな風が絶えず吹き込み、若葉が陽光に照らされて、なんだか宝石のように見える。

 暖かな日差しと、穏やかな風と。僕は窓際の席でそれらを一身に受けながら、その日の授業を終えた。

 放課後になった。

 さて帰ろうかと席を立ったとき。誰かが教室の出入り口付近に立ち、きょろきょろと見回している姿が目に入った。

 見覚えのある姿だった。日本人にしては明るい髪色。短く切られ、外に向かって少しはねている。くせっ毛気味だ。ほんのりと焼けた肌にスニーカー。そしてなにより印象的な、純真さと暖かな優しさがたたえられた、意志の強い瞳。

 織田さんだ。織田さんがそこにいた。

 彼女は誰かを待っているようで、僕のクラスから出て行く人を一人ひとり確認している。

 声をかけたほうが、いいのかな。

 少し迷ったのち、僕は彼女に挨拶していくことにした。顔見知りなのに無視をするのは、少々忍びない。

 かばんを持って教室を出て、声をかけようと口を開く。

 そのとき、織田さんと目が合った。


「あ、いたっ!」


 彼女が真っ直ぐ僕の元にやってくる。そして輝かんばかりの笑顔をむけてきた。どうやら彼女が探していた人物は、僕だったみたいだ。


「いやーよかったよかった、見つかってよかったよー」

「こんにちは。このあいだぶり」

 なにか用事?


 尋ねれば彼女はにっと笑い、ポケットからなにかを取り出した。

 ストラップだ。白地に青がにじんだようなとんぼ玉がついている、地味なストラップ。

 僕はそのストラップに見覚えがあった。

 というか、さっきまでなくしたって考えていたやつじゃないか。


「これ、カケルくんのじゃない? 違うかな」

「そう、僕の。どこにあったの?」

「あの階段ところ。プリント運んだあとに気付いたから、届けようと思って回収しておいたんだー」


 にしし、と彼女は自慢げに笑った。それから、ストラップを差し出してくる。僕は「ありがとう」とそれを受け取った。


「これ、弟からもらったものなんだ。なくすとうるさくて」

「へー、弟いるんだ」彼女がきらりと目を輝かせる。「ひとり?」

「ひとりだよ。僕と弟、父母の四人家族。そっちは?」


 彼女は少し考えたのち、「いっぱいいるよ」と答えた。

 答えるまでにあいだがあいたのは、つっこんでもいいのだろうか。家族の人数を聞かれて濁すってことは、意味があるのだろうけれど……。

 結局僕は言及しないことにして「へえ、そうなんだ。賑やかそうでいいね」と返すだけにとどめた。


「そうなんだよー。特に朝は戦争だね。洗面所とかご飯とか、うるさいし落ち着きないしさー」


 彼女は楽しそうに話し始める。

 よかった、返答を間違えていなかったらしい。その証拠に彼女は、家族の話を続けている。

 そのままの流れで、僕と彼女は途中まで一緒に帰ることになった。校舎を出て坂を下り、川を渡って駅にむかって歩いていく。

 その最中、彼女は様々な話をしてくれた。家族のことはもちろん、学校の友達のこと、先生のこと、このあいだ体験した面白いこと……。彼女の話題が尽きることはなかった。

 僕は時折「うん」とか「そっか」とか相槌を打ち、感想をぽつぽつと挟むくらいで、ほとんど聞き役に徹していた。実際話すことなど思いつかなかったし、彼女の話を聞いているだけでも楽しかったから。

 電車に乗れば、中吊り広告から話が広がる。お互い、乗換駅が同じことが分かった。なんとなく親近感が沸いて、うれしくなった。

 いつの間にか、乗換駅についていた。時間が過ぎるのがすごく早く感じられる。楽しい時間はあっという間に終わるというのは、どうやら本当のことらしい。

 改札を出たところで、先を歩いていた織田さんが、くるりと振り返った。


「今日はありがと! なんだかあたしばっか話しててごめんね?」

「いや、そんな。こっちこそ聞いてばかりでごめん」

「なに言ってんの。カケルくんが聞き上手だから話しやすかったんだよ」


 ばしっと織田さんが背中を叩いてくる。いい音がした。……ちょっと、痛い。


「また話そうね。そんときはカケルくんの話を聞かせてよ!」


 じゃーねーと手を振り、彼女が人波にまぎれて行った。

 織田さんはこのあとバスに乗り換えて帰るらしい。さっき電車の中で聞いた。

 僕も家にむかう。

 目の前を流れる景色を眺めながら、ぼんやりと考える。次彼女に会ったとき、どんな話をしようか。

 今から楽しみになってきた。




   ◇ ◆ ◇




 ストラップ返せたー!

 やっぱりあれ、架くんのだってさ。弟からのプレゼントだって。聞いてて仲良しっぽいの分かるから、なんかうらやましいー。

 帰りはそのまま架くんと乗換駅まで一緒に帰ってきた。聞き上手……というか、聞き出し上手? な感じがした。質問の仕方とか、相槌打つタイミングとか、すごく上手で。めっちゃべらべらしゃべっちゃった。

 こんなにおしゃべりして、素直に楽しいと思えたのは久しぶり!

 またお話したいなー。


 そうそう、弟といえば。

 電車でなんかの雑誌? の広告があって。そこ映ってた出水タマキってメンズ? キッズ? モデルが、ものすごく架くんに似てるの!

 なんだろう、笑ったときの目元とか、雰囲気というか、良く似ていると思うんだよねー。

 あたしが弟さんの話を聞いたから、そう思うだけかな?

 いやでも、すごい気になるぅ~……。またタイミングがあったら聞いてみようかな?


 今日はちょっと早めに寝るよ、おやすみなさーい。

次の更新日は、1/30になります。

よろしくお願いします(*´∀`*)

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