エピローグをもう一度プロローグに
――あの日から二年後。
僕とワタルはバスの後方にある席に腰掛けて、目的地にむかっていた。
窓際に座っていたワタルは、足元に教科書を広げうたた寝をしている。まだまだ着慣れていない白いブレザーは、僕が着ているものと同じ学校のもの。唯一違うものといえば、ネクタイの色くらいだろうか。僕は青く、ワタルは赤い。
僕は高校三年生、ワタルは一年生になった。
時間が経つのは早いものだ。――だなんて、口が裂けても言えそうもない。
二年前教会に行って日記を受け取ったあとも、外に出るのは億劫だったし、誰かと話をするのだって、嫌で嫌でたまらなくなることが何度もあった。
それでも部屋に引きこもってうだうだする気にならなかったのは、ひとえにあのとき稔さんと交わした約束があったからだろう。
孤児院にいるみんなに、勉強を教える。――それが、稔さんにお願いし、約束した内容だ。単純だけれど、それがあったからこそ、学校にも行き続けたし、教会でほかの人と言葉を交わし続けた。
はじめ僕は、孤児院のみんなに受け入れられることはないのだろうと思っていた。彼らの家族を、ひとり奪ってしまったも同然なのだから。
しかし予想に反して、彼らは僕を暖かく迎え入れてくれた。どうやらワタルがなにかしてくれていたみたいなのだが、誰もそれを詳しくは教えてくれなかった。曰く、ワタルと約束をしたから、話さないのだと。
あの日から。
ヒカリがいなくなったあの日から、僕の毎日は比較的せわしない。部屋に引きこもっていた冬休みのような、恥ずかしい姿をヒカリに見せないようにと思ったら、止まっている時間などないと思えた。
周囲の景色が変わり、桜の花が増えてくる。もうすぐ目的地につくのだろう。
「ワタル」
隣でぐっすり眠る肩をゆする。
「もうすぐつくよ、そろそろ起きて」
「ん……」
ゆるりと目を開いたワタルは、窓の外に目をやると大きく伸びをする。それから、「課題全然進んでないじゃん……」ともらした。
「もう霊園つくの?」
ねむそうに目をこすりながら、ワタルは教科書をかばんの中にしまい始める。
「うん、そろそろつくよ」
「……てかさあ、なんでボクまで一緒に墓参りしなきゃなんないわけ?」
「生きているうちに、ヒカリに紹介できなかったから」
「……あ、っそ」
それ以降ワタルはふてくされたような不機嫌顔をつくって、課題をするふりをはじめた。
まったくペンが動いてないの、窓ガラスに映って見えてるよ。
淡い桜の中進むバスは、時折木の根に引っかかりながらも、まっすぐに霊園入り口にむかっていく。
車内には僕たち以外に人はいない。この時期に霊園に行くのは、花見客くらいなのだろう。
「カケルさ」
「うん?」
「本当にもう、平気なの」
「…………」
すぐに言葉を返すことは、できなかった。なんとなく、かばんを引き寄せ、抱きしめる。
窓の外ではらはらと舞い散る桜を眺める。それはともすれば、雪のようにも見えた。
「平気じゃない、かもしれない。正直言えば、墓なんて見たくない」
正面に視線を戻す。電光掲示板には、もうすぐ終点の文字。
「でも多分、もう大丈夫かなって、思うよ」
「あ、そ」
入れ替わるように今度は、ワタルが窓の外に目をやった。ちらと窓ガラスに目をやれば、にんまりと口角を上げ、笑っている弟の顔が目に入る。
見なかったことにしておこうか。
バスが止まる。終点だ。
「ちゃんとヒカリに挨拶するんだよ」
「会ったこともない人になに言えってのさ」
「それを考えるのは、ワタルでしょ」
「……面倒くさいなあ」
言葉の割りに、彼の口元は緩んだままだった。
文句を聞き流し荷物をまとめ、僕らはバスを降りた。
はらはらと桜が散り落ちてくる。地面にはまだ、淡い色を残した花弁が数多く残っていた。
ここまでご愛読ありがとうございました。
いかがだったでしょうか。もしなにかしら、思うところがあったのならば、一言でも感想をいただけるとうれしいです。
このあとがきを書いている時点(2017/03/05)では、一度も感想をいただいたことがないので、お恵みが欲しいのが正直なところです……。
◇ ◆ ◇
ここまで読んでくださった皆様はすでにお察しでしょうが、このお話は「恋愛もの」を謳っておりますが、メインは愛や恋ではありません。
あたたかな人の優しさだったり、もどかしさだったり、誰かのためを想う気持ちを書けていたなら……。
真っ先に浮かんだのは赤と白の、あの場面。
それを、華やかなピンク色の光景から始め、終わらせることができてちょっとうれしく思います。
それでは、またどこかでお会い出来ましたら、そのときはよろしくお願いします。




