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幕間 大晦日

 深々と、雪が降る。

 外はもうすっかり氷点下を下回っていて、ぴったりと閉じているカーテンを開ければきっと、一面の銀世界を望むことができるだろう。

 冬休みに入って大晦日。静寂が似合う午後二十三時。新年がもう目前まで迫った、今年最後の一時間。

 リビングの中央に堂々と置かれているこたつに足を突っ込んで、僕はのんびりと本を読んでいた。

 母はむこうのほうで椅子に座り、紅白歌合戦を見ている。今年聞いた耳に馴染みある曲から、毎年出ている大御所の曲まで様々な曲が流れてくる。

 僕はそれらの曲をなんとなく聴きながら、黙々と読み進め、ページをめくっていく。

 そうやって、終盤まで読み進んだ頃だろうか。不意にリビングの空気が揺れ動き、冷気が進入してくる。

 何事かと本から顔を上げて扉のほうを見てみれば、鼻や頬の先を真っ赤に染めたワタルがいた。

 彼は「ただいま」と母に声をかけたのち、真っ直ぐに僕がいるほうにむかってくる。それから「寒い寒い」と繰り返しながら無遠慮にこたつの中へ足を突っ込んできた。左側から、冷たい温度と足が侵入し、僕の足に当たる。


「おかえり。足冷たいから出てって」

「ただいま。はあ? バカ言わないでよ、寒いんだってば」

「あったまってから入って」

「だから、あったまりにきてるんでしょ!」

「ねえ、」母がこちらに顔をむける。「今から紅茶淹れるけど、二人はいる?」


 その問いかけにワタルは勢いよく「いる!」と答え、僕も「ほしい」とだけ返す。返事を確認した母は、椅子から立ち上がりキッチンにむかった。

 日付が変わるまで三十分を切ったとき、ワタルが小さく声を上げた。それから僕の名を呼んで「あれどうなった?」と聞いてくる。彼の目は、好奇の色で輝いていた。


「あれってどれ?」


 そのまま小説のページをめくる。


「贈り物がどーのこーの言ってたやつ。結局どうなったの?」

「ああ、あれ」またページをめくる。「うん、喜んでたみたいだよ」

「そりゃボクも一緒に選んだんだから、当たり前でしょ。誰に贈ったのかとか、なんでプレゼントの話になったのかとか聞きたいの」

「ああ、そう」ページをめくる。終盤に入り話が盛り上がってきた。「うん、喜んでた喜んでた」


 一瞬の沈黙ののち、手の中から小説本が取り上げられた。それにつられて顔を上げれば、不機嫌に顔をひそめているワタルが目に入る。彼の手には、僕が先ほどまで読んでいた本がしっかりと握られていた。


「ボクに相談したからには、経過と結果はしっかり教えてもらうから」

「あ、はい」


 諦めたことを伝えるために両手を挙げて見せれば、ワタルは満足したようだ。こたつの上に本を置く。

 ちょうどそのタイミングで母がやってきた。和風の湯飲みに、綺麗な水色をした紅茶が淹れてある。

 ……茶器、間違えてない?

 出かかった言葉をぐっと飲み込む。

 ワタルは母にお礼を口にしたあと、紅茶に口をつけ「あったかーい」などとこぼしていた。母はそれをにこにこと、うれしそうに見ている。


「彼女とクリスマスプレゼント交換することになって。それで相談したんだよ。女子の喜ぶものなんて分からないから」

「……、彼女?」

「うん、彼女」

「……え、恋人!?」

「うん、恋人」


 ワタルは大げさに驚いて見せ、それから若干体を前に倒し、こちらに顔を近づけてくる。僕は同じくらい右にずれて、距離をとった。母は相変わらずにこにこしながら、話を聞いている。


「うっそじゃん、なんで!? ボク聞いてない」

「言ってない」

「言ってよ! 思い切りからかい倒してやろうと思ってたのに」


 だから言わなかったんだよ。

 今度は紅茶と一緒に言葉を飲み下す。ふわりと柔らかな、甘い香りが口内に広がった。


「いつから? どっちから告白したの? というかカケル、好きな人いるなんていっぺんも言わなかったじゃん」

「だから、言ってない」

「言ってよ! からかいたかった!」


 そこからは彼に質問攻めにされた。ひとつひとつ答えないと満足しないようで、事細かに色々なことを聞かれる。途中でうざったいとぶった切ってしまいたくなったが、ワタルと、後ろでにこにこと聞いている母のせいで、それも上手くできない。

 結局彼女の話……もとい、ヒカリの話を絞られるだけ搾り取られてときには、もう既に日付を超えていた。

 テレビから聞こえていた歌も今はニュースにすげ変わっている。

 ワタルはひとしきり聞いて満足したらしく、普段からは考えられないくらいに柔らかい表情をしていた。心なしか僕を見る目が生ぬるく感じるが、気にしないことにする。

 湯のみを手に取り紅茶を口に含む。甘く豊かな香りはすっかり飛んでいるし、冷め切ってしまっていた。


「それにしてもカケルがねえ」

「……今度はなに」

「いやあ? 彼女つくるの、絶対ボクのが先だと思ってたから? ほら、モテるから、ボク」

「そーですね」

「うっわ、今のムカつく」

「それは、どうも」


 紅茶を全部飲みきって、こたつの上に湯のみを戻す。かんっ、と小気味いい音が響いた。

 先ほどまで僕の話を聞いていた母は、いつのまにかキッチンに戻っていた。年越し蕎麦の用意でもしているらしい。つゆのいいにおいが漂ってきた。


「ワタルは多分、彼女できないよ」

「はあ? なに言ってんの、できるよ」

「できないよ、性悪だから」

「それカケルに言われたくない」

「ありがとう、猫かぶりのワタルに言われるなら僕も結構いけそうだね」

「どこにさ。……ああもう、ほんっとムカつく」


 キッチンのほうから母の声が飛んでくる。蕎麦の用意ができたらしい。

 こたつから出ることに一瞬躊躇う。しかしワタルがさっさと出て行ってしまったため、僕もそれに続いて這い出た。足が一気に冷やされて思わず「さむ、」とこぼせば、ワタルのバカにしたような笑い声が聞こえた。

 リビングにあるテーブルの上には、三個のどんぶりにそれぞれ蕎麦が入っており、ねぎと海苔とと一緒に盛られたそれは、とてもおいしそうに見えた。


「カケル」母が箸を並べながら言う。「おもちが入ってるもの、食べてね」


 言われて改めてどんぶりを見れば、一杯だけ、白いもちが入っているものがあった。

 ワタルもそれを見たようで、彼の口元がにやりと持ち上がる。


「お祝いだって。良かったじゃん」

「……祝うことなの、これ」


 だってもう四ヶ月も前の話なのに。


「言わなかったからじゃない?」


 テーブルにつき、ワタルが箸を持って「いただきます」と手を合わせて食べ始めた。

 僕もその隣に座り、目の前にあるどんぶりをじっと見つめる。どれだけ見つめても、もちはなくならない。


「…………」


 目の前では母が笑みを浮かべながら、僕たちの様子を見ている。

 食べないと、後で文句言われそう。

「い、いただきます」

「はい、召し上がれ」

 ――雪はいまだに、深々と降り積もる。


   ◇ ◆ ◇


 最近架くんの話ばっかりしてる気がする。ちょっと控えたほうがいいのかな? とかいいつつ今日もその話しちゃうー。

 明日はやっと、架くんと約束した日になる。やーっと会えるー!

 今年初だよ。稔さんとか孤児院のみんなを抜いて、真っ先に会う人が架くんってなんだか不思議な感じがする。けど、すごいうれしい。

 でも最近雪がひどいからなー。見てるのは好きなんだけど降っている中出かけるのは、寒いからやだな。明日はやんでるといいんだけど。


 こうやって、約束して、まだかなーまだかなーって待ってる時間が、最近はとっても楽しい。メールのやり取りしてる、待ってる時間もわくわくしっぱなし。

 今なら多分「私、死んでもいいわ」って答えられる気がする。


 明日のために早く寝まーす。おやすみ!

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